まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です
by fachwerkstrasse
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ベルリン中央駅© 2010-2011 M.UNO
2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学
会議通訳修士課程 在籍中
日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員
[翻訳]
ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)
当ブログに掲載の文章・写真の無断転載を禁じます。写真下に
[©DFS] と記されている場合、著作権は全てブログ著者に帰します。それ以外の写真や引用は、その都度出典や著作権元を明示しております。
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2つの川が出会うかつての帝国都市 ネッカーゲミュント ②
鉄道で来た場合は、旧市街の駅で降りた方が近い。
______[Neckargemünd Bahnhof Altstadt 2011 © DFS All Rights Reserved]____
エレベーターのついた真新しい駅の階段を上り、坂道を登ると車道に出る。
そこを右に進むと市門に行きつく。ここから先が旧市街だ。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
この市門は1788年に古典主義様式で建てられた。門の上にはアンフォラという古代の陶器が
両端にしつらえられ、真ん中にはやはり帝国宝珠と紋章の飾りの横に獅子が坐している。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
ハイデルベルクをはじめ、この地域一帯の歴史や都市計画を語る上で欠かせない君主
カール・テオドールを讃えるために市民の手によって建造された。建築を担当したのは
宮廷顧問官だった建築家F.Ch.ディッカーホフ(Friedrich Christian Dyckerhoff)である。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
門の上に刻まれたラテン語では、このように謳われている。
「都市の安全だけでなくプファルツ選帝侯カール・テオドールの栄誉のためこの門は建てられた。
プファルツの人々にも、異邦人にもひとしく神聖なる年月が過ぎ去ることだろう」
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
そして、門をくぐると背面にはやはりドイツ語でこのように書かれている。
「父なる祖国の父を讃えんがため。 都市の誉れたらん。 民に神聖たらんことを」
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
これほど嬉しい歓迎の言葉はない。
異邦人である自分もさっそく門をくぐり、街の様子を見てみることにしよう。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
______[Neckargemünd Bahnhof Altstadt 2011 © DFS All Rights Reserved]____
エレベーターのついた真新しい駅の階段を上り、坂道を登ると車道に出る。
そこを右に進むと市門に行きつく。ここから先が旧市街だ。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
この市門は1788年に古典主義様式で建てられた。門の上にはアンフォラという古代の陶器が
両端にしつらえられ、真ん中にはやはり帝国宝珠と紋章の飾りの横に獅子が坐している。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
ハイデルベルクをはじめ、この地域一帯の歴史や都市計画を語る上で欠かせない君主
カール・テオドールを讃えるために市民の手によって建造された。建築を担当したのは
宮廷顧問官だった建築家F.Ch.ディッカーホフ(Friedrich Christian Dyckerhoff)である。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
門の上に刻まれたラテン語では、このように謳われている。
「都市の安全だけでなくプファルツ選帝侯カール・テオドールの栄誉のためこの門は建てられた。
プファルツの人々にも、異邦人にもひとしく神聖なる年月が過ぎ去ることだろう」
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
そして、門をくぐると背面にはやはりドイツ語でこのように書かれている。
「父なる祖国の父を讃えんがため。 都市の誉れたらん。 民に神聖たらんことを」
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
これほど嬉しい歓迎の言葉はない。
異邦人である自分もさっそく門をくぐり、街の様子を見てみることにしよう。
________[Neckargemünd Stadttor 2011 © DFS All Rights Reserved]______
by fachwerkstrasse
| 2011-06-01 18:49
| ネッカー紀行