まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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新年のカンタータ ① BWV 143

カンタータ詩句や作曲様式から察するに、若いころの作品だと推察されるが、現在伝わっている自筆譜が18世紀半ばのものであることから、正確に作曲年代を特定するには至っていない。

詩句の成立は1700年より以前と推測される。詩篇146節の神に対する永遠の中世を讃えるくだりが軸となっている。これは分割されて、まず最初にテノールのレチタティーヴォ、次にバスのレチタティーヴォで歌われる。加えて詩句の源となっているのが、1601年ヤーコブ・エーベルト作の「汝平和の君主たる主イエスキリストよ」で、1682年にゴットフリート・ヴォペーリウスが出版した『新ライプツィヒ讃美歌集 Neu Leipziger Gesangbuch』に収録されている「戦いの時に置いて我らが主キリストに慈悲と救いを乞う美しき歌」である。
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________Leipziger Gesangbuch von Vopelius, 1682(c) Bachhaus Eisenach________

最初の詩句では生と死において救いの手を差し伸べるキリストを讃える内容になっているが、終曲の合唱曲ではこの先の加護と救いを乞う内容になっている。テノールのアリアでは、かなり具体的で真に迫った描写がある。17世後半、ヨーロッパはオスマン帝国の侵攻にさらされたが、ここで歌われているのが具体的にこの時代のことを指しているのかはわからない。

実は18世紀半ばにこの詩句は改訂を経ており、また19世紀のバッハ研究においては、例えばクリスマスオラトリオの第4曲が同じく新年のためのものであったことも知られていなかったなど、様々な事情が重なり、このカンタータの解釈に関しても様々な誤解が生じていた。現時点でわかっている情報や資料を突き合わせても、まだ断片的にしかこの曲の成立事情は浮かび上がってこない。

また楽曲も、当時の様式の域を出ない旋律、単調なリズムや和声の展開がみられ、リズム感の本来重視するはずの古楽器による解釈を聴いても、どうももたれた感じになってしまう。確かにこれを(たとえ若書きだったとしても)バッハの作品と呼ぶのには、違和感を感じてしまう。カンタータ全体を見渡しても、まとまりにかけている印象。その分かえって、テノールのアリア「幾千もの不幸と恐怖」だけが際立ってしまう。ただし、これは後から挿入された可能性もぬぐい去れない。以上のことから、資料面からも音楽面からも、偽作の疑いが濃い作品なのである。

偽作と言えば、バッハの代表作とも言える「あの」オルガン曲にも、依然偽作の疑いがかかっているが、あれは確かに後年のバッハの音楽を知る耳には雑な印象を受けるが、それを補って余りあるものがあると思うので(確かに技巧に走ってて、表面的な演奏効果を狙っているきらいがあるが、それも北ドイツでの体験の興奮冷めやらぬ若気の至りではないか、という音楽家諸氏のフォローも、どこか納得がいくし、微笑ましい) それと比べると、こっちのカンタータは、あまりにもこなれていなくて、自分としてはやはり偽作説に傾いてしまう。。。

そんなわけで、いまいち気分が盛り上がらないが、一応音声資料をあげておこう。
ただし、これもレオンハルトとなっているが、コメント欄に「アーノンクールじゃない?」
というツッコミが入っている。音源まで偽作の疑い濃厚だ・・・
# by fachwerkstrasse | 2011-01-04 00:01 | 教会暦 カンタータ

ツール・ド・ヨーロッパ ④

(前回の続き) ドイツといえども、なんでもかんでも素晴らしいわけではない。
一度なんて、バッハのヨハネ受難曲を歌っているプロの合唱団の、1パート全員が音を外していた
こともあった。さすがに合唱の音程が狂うというのは、後にも先にもこれ以外聴いたことがない。

また、たとえ趣味であったも、日本人はシャイなので技術的に完璧に仕上がっていない限り、
絶対に人前で弾こうとはしないがこっちの人は「自分だったら、とても恥ずかしくて人には
聴かせられない」ような仕上がり具合でも、実に意気揚々とお披露目している。

もちろんそこには、技術や正確さを超えて聴いている人に訴えかけるものがあるか、ということと、伝わる
ものは何もないが、とりあえず技術的な当たり外れは少ない、平均的な母集団というジレンマが存在する。

それは、厳密な規格化と管理の下、故障や欠陥がよその国に比べてはるかに少ない、
世界に誇る高性能の「メイド・イン・ジャパン」ブランドにも通じるものがあるように思う。

機械の場合は、たとえ画期的な新製品を開発しても、品質にばらつきがあって、しょっちゅう壊れてしまう
ようでは困るのである。だが、音楽の場合は、たとえミスタッチなどのキズものであっても、独創的な演奏
なら人は耳を傾けるだろう。

それを証拠に、フルトベングラーやコルトーの録音は、いささかもその価値を減じていないのだから。

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_________[Berlin Philharmonie 2010 © DFS All Rights Reserved]________


閑話休題。

それにしても、このワセオケの生演奏、おそるべき名演だ。

(どなたかの録画がアップされてました)

ベルリンの風
管弦楽のためのラプソディ 外山雄三

学生オケの場合は一年近くにわたって、同じ曲を何度も何度も辛抱強く練習して、
本番でベストになるようにもっていくわけだが、それにしても、ここまで・・・
ため息の出るような美しく艶やかな音色と、実に見事なアンサンブル・・・

見せてもらったDVD映像は、昨年からベルリンフィルが開始した「デジタル・コンサート・ホール」によって、
最高の音質と画質で完璧に録画されたものだ。(現在も会員制有料アーカイブで観ることができるそうだ)
そのため、この日が最高の演奏となるように、ツアーの日程も組んだとか。ツアーの最初は到着後の疲れ、過度の緊張、不慣れな外国での移動といった要因が重なって、どうしても演奏が堅くなってしまうものらしい。
逆にツアーも終盤にさしかかると、そういつまでも緊張感が続くわけでもない。
確かにツアー日程を見ると、ベルリンがちょうど真ん中に来るように組まれている。

しかも、これは彼自身が語ってくれたことだが「最終公演の時は、もうこれで最後。もう後がない」という思いが団員の間にあったという。「明日がない」と思うと、人間がんばって素晴らしい演奏になるものなんですよ、
というのがとても印象的な言葉だった。

そして僕の脳裏によぎったのは、丸山正男がフルトヴェングラーを評してつぶやいた言葉だった。
# by fachwerkstrasse | 2011-01-03 23:23 | ツール・ド・ヨーロッパ

新年後第1主日 クリスマス・オラトリオ第5部

オラトリオの第5部は、新年の最初の日曜日のためのものとなっているが、暦の関係上、毎年該当する曜日があるわけではない。初演は1735年の1月2日であった(つまり、今年は当時と同じ暦ということになる)場所はニコライ教会。

シュライヤーの演奏でどうぞ。

慣例に反して、マタイの福音書2章のエジプトへの脱出ではなく、同じ聖書の個所から東方の3賢人のくだりが引用されている。この一節が2つに分割され、後半部分は続く第6部へと受け継がれる。

第5部の詩句の白眉は、神を讃える内容の冒頭の合唱曲だ。これに引き続いて、聖書からの引用がまずレチタティーヴォで謳われ、続いて新たに創作された詩句に挟まれた合唱部分に受け継がれる。4番目のコラールはゲオルク・ヴァイッセルの讃美歌「今や愛しき魂よ、今こそその時だ」の5番からの援用である。次のバスによるアリアもパロディで、原曲は1734年のザクセン選帝侯をたたえるための世俗カンタータである。次に再びレチタティーヴォで、ヘロデ王のメシアに対する恐れに対する注釈がなされる。終曲のコラールは、ヨハン・フランクの讃美歌「汝星達よ、汝虚空よ」からのものである。
# by fachwerkstrasse | 2011-01-02 22:55 | クリスマス

新年(割礼祭) クリスマス・オラトリオ第四部

あけましておめでとうございます。

昨年始まったこのブログも、おかげさまで一定数の読者の方にお越し頂き、私としても人目に触れる形で
書き続けることで、いろいろな発見に至ることができました。この場を借りて感謝を申し上げます。
いろいろと至らない点や、間違い・誤解などあるかと存じますが、どうかその際にはご教示、叱咤激励いただければ幸いに存じます。

年末は何かと用事が重なり、結局クリスマス・オラトリオだけで手いっぱいとなってしまいました。
なので、残りの教会カンタータは今年(つまり次の教会暦以降)の楽しみに取っておくことにしました。
今後の教会暦カンタータも、様子を見ながら進めていきたいと思っています。
おそらく、作曲年代順に、毎年一曲づつ、つまり数年かけてやっていくことになるかもしれません。

新年は、あえて今の日本の暦にも、ドイツでの習慣にも抗って、バッハでスタートしたいと思います。

今日ではアドヴェント時期にまとめて演奏されるクリスマス・オラトリオだが、後半の3曲は本来なら新年の
ミサで演奏されるべきものであった。近年でこれをやったのは、アーノンクールくらいではないだろうか。

シュライヤーの指揮はこちら

初演は1735年、オリジナル譜の記述によれば、早朝にトーマス教会で、午後にニコライ教会で演奏されたとある。新年というのは、イエスの割礼と命名を祝う暦なのだが、これについて言及されているのは、ルカの福音書の2章だけである。バッハ当時の新年用のカンタータ用の伝統的な詩句では、イエスの名の象徴的力と新しい年への希望が謳われている。この点は特にコラール部分で重視されており、ヨハン・リスト1642年発表のものがここで援用されている。コラール付きのバスのレチタティーヴォ部分では「イエスの歌」の下にそっとさしはさまれるようにコラールがおかれているし、最後のコラールは新年の讃美歌からのコラール「助けたもう、主家すよ、成就せんことを」の25番である。
# by fachwerkstrasse | 2011-01-01 23:41 | クリスマス

降誕祭第3日 クリスマス・オラトリオ第三部

初演は1734年12月27日ニコライ教会、トーマス教会では再演されていない。この第三部のカンタータの成立過程もも、他の5曲と同様に一筋縄ではいかない。しかし、それがまさにバッハの芸術の豊かさを辿る道筋でもあるのだ。

シュライヤーの指揮。しかし、中間部がカットされている。
聖書からの引用「そして彼らは急いでゆき」から、アルトのアリアとレチタティーヴォ、コラール、
そして聖書からの引用「そして羊飼いたちは戻り」までをごっそりすっ飛ばしている。なぜ??

本来なら降誕祭2日目用であるはずのルカの福音書2章からの引用が3つの部分に分散して用いられ、それぞれにコラール詩句が対応している。物語の筋道を立てたり説明を加えたりする格好で、冒頭の詩句にそれぞれ一組のレチタティーヴォとアリアがあてがわれている。

今回も新たに作曲されたのは福音史家の詩句とレチタティーヴォとコラール詩句。合唱曲は1733年に作曲された、ザクセン選帝侯妃誕生日のための世俗カンタータからの転用である。しかしここでは、クリスマス用に新たに採用された詩句が、冒頭を飾るのにふさわしい内容となっているのに対して、音楽の方はむしろ終曲の方にふさわしい性格となっている。

しかしバッハとしては、おそらくここまでのカンタータ3曲の流れと調性の配置を考えて、この合唱曲を最後に繰り返したのだと考えられる。中間部のバスとソプラノの二重唱のアリアは、1733年のヘラクレス・カンタータからの転用である。原曲はヘ長調で、ヘラクレスがあると、(アレゴリーとしての)忍耐がテノールで、オブリガートのヴァイオリン2つが伴奏している。これがイ長調になり、ソプラノとバスの歌唱となり、オーボエ・ダモーレ2本の伴奏となっている。

次のアルトによるアリアも、おそらくパロディであると考えられている。
最後のコラール詩句は、クリストフ・ルンゲの讃美歌「恐れと苦しみを」から採られたもの。
最後に冒頭の合唱曲が繰り返されて終わる。
# by fachwerkstrasse | 2010-12-27 23:58 | クリスマス