まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
ドイツ木組みの家街道
ゲーテの足跡を訪ねて
ツール・ド・ヨーロッパ
次世代の演奏家たち
ネッカー紀行
演奏芸術 雑感
音楽雑感
J.S.バッハ 雑感
教会暦 カンタータ
音楽遍歴
マネッセ写本
クリスマス
ドイツの産業文化
マネッセ写本 特別展
文学地理学
京町屋
なぜ木組み街道?
雑感
古城街道紀行

フォロー中のブログ

ベルリン中央駅

© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

当ブログに掲載の文章・写真の無断転載を禁じます。写真下に
[©DFS] と記されている場合、著作権は全てブログ著者に帰します。それ以外の写真や引用は、その都度出典や著作権元を明示しております。

最新のトラックバック

救われた感じです
from びあだるの(とにかく)節制生活
春よ 来い
from ライン河のほとりで

ライフログ


バッハ=魂のエヴァンゲリスト (講談社学術文庫)


ヘルマン・ヘッセ全集 (7)ゲルトルート・インドから・物語集5(1912-1913)


カラヤンとフルトヴェングラー (幻冬舎新書)


証言・フルトヴェングラーかカラヤンか (新潮選書)


フルトヴェングラーかカラヤンか


フルトヴェングラー (1984年) (岩波新書)

検索

その他のジャンル

以前の記事

2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月

ブログパーツ

最新の記事

2つの川が出会うかつての帝国..
at 2011-06-03 22:50
2つの川が出会うかつての帝国..
at 2011-06-02 01:37
2つの川が出会うかつての帝国..
at 2011-06-01 18:49
2つの川が出会うかつての帝国..
at 2011-05-30 21:36
ネッカー紀行
at 2011-05-25 22:14

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

free counters

<   2010年 11月 ( 22 )   > この月の画像一覧

次世代の演奏家 ダーヴィッド・テオドーア・シュミット ①

b0206899_2122491.jpg

次はドイツのDavid Theodor Schmidt。


1982年エアランゲン生まれのバリバリ若手。


いやー、実はこの人を早く紹介したくて、
うずうずしていたくらいだ!



[David Theodor Schmidt 88697431592 © Sony Music Entertainment 2009]______

シュミットを知ったのは、まったくの偶然だった。

ラジオの演奏会中継などでは、2時間枠をとっていても、2時間きっかりで演奏会が終わるわけではないので、たいていは次の番組開始までの「つなぎ」のために、最新の録音を紹介することがある。そんな「時間合わせ」のために流されたブラームスの小品集を聴いて、オヤッと思ったのだ。

ものすごく深みのある音色と、長い息遣い、貫禄すら感じさせる解釈、てっきりどこぞの巨匠の名演かと思ったのだが、それにしては、どうも音質が新しすぎる。はて、一体誰だろう?と、にわかに耳をダンボにしはじめて、最後に演奏者名を聴き逃さないように必死で耳をそばだてていた。この手のつなぎ演目はHPにもアップされないから、聴き逃したらおしまい。

はたして、聴きとった名前をさっそくググってみたら、おぉ!もうホームページもある。
ふむふむ、名前からしてドイツ人だな。そして開いて出てきたのは…


b0206899_2174383.jpg

ふつーに、その辺のサッカークラブにいそうな(笑)
まだあどけなさの残る若者だった。
というわけで、二度びっくり。だって、この若さで、
どうしてこんな、すべてを悟ったかのような円熟みを出せるの???

公式HP

公式HPの試聴コーナー

最新CD(試聴つき)
_____________________[David Theodor Schmidt © KASSKARA 2006]


ちょうどその頃、シュミットは演奏会というよりは、ドイツ全国のベヒシュタインの店舗でのもっと
小規模なサロンコンサートのツアーを行っていた。近々フランクフルトに来るというので、行ってみた。
さぁ、はたして録音でみせる、あの深みは本物かどうか…
by fachwerkstrasse | 2010-11-14 21:13 | 次世代の演奏家たち

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑮ -

最後に、鍛冶屋横町との角地にある、赤い骨組みの壮麗な木組み建築をみてみよう。前述の通り、1687年
の大火事でこの一帯は更地になってしまい、17世紀末に、現在の壮観な木組み建築が建造された。
b0206899_2350738.jpg

________[Wetzlar Kornmarkt 12 2007 © DFS All Rights Reserved]________

b0206899_13322326.jpg
角地の12番地に建つ家は、実は3つの建物からなっている。

上の写真左手の奥の方、鍛冶屋横町に面している方の
建物は、シンプルな作りの木組み建築。




そして上の写真左側の角地の部分では、右の写真にあるように

角の脚注を挟んで、直線の部材によるシンプルな形状の
人型の骨組み(Mannfigur)がみられる。






_______________[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]

その右の建物の3階部分には、薪架と突起部のついた支柱がみられる。
b0206899_1352125.jpg

_______[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]________

2階部分には、別の突起模様があり、くっきりとした溝目模様の入った敷桁と枕材が建物を結合している。
b0206899_13523729.jpg

_______[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]________

穀物広場に面した2つの建物は一枚の切妻屋根と、装飾の施されたスレート葺きで高い切妻造の屋根裏部屋とを共有している。

b0206899_23423839.jpg

________[Wetzlar Kornmarkt 12 2007 © DFS All Rights Reserved]________

ちなみに、一階(地上階)部分は「ウェルテルの喜び」というワインレストランになっている。
どこにでも、その土地の名物にあやかった商売というのはあるものだ(笑)
by fachwerkstrasse | 2010-11-13 23:55 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑭ -

次に広場の中でもとりわけ目を引く木組み建築をみてみよう。
まずは写真右側の、デュープレックスハウスになっている8番地と10番地から。
b0206899_18205960.jpg

_______[Wetzlar Kornmarkt 8 & 10 2009 © DFS All Rights Reserved]______

穀物広場西側の「鍛冶屋横町=Schmiedgasse」に連なる建物群は1687年7月の火災で焼失している。
この時に「怪鳥グライフ軒=Zum Vogel Greif」という建物も消失した。そこの敷地に、
現在の平入り4階建ての8番地の建物が10番地と12番地の建物と同時に築造されたわけである。

茶色い骨組みのこの家、外見は一軒の建物のように見えるが、日本で言うところの二世帯型の作りである。屋根裏部分のちょうど真ん中で建物が左右に分かれており、左の10番地は窓が縦2列、8番地は4列。
一階部分を見ると、それぞれ右側に玄関があるのがわかる。
b0206899_12303658.jpg
豪華な装飾が施されたバロック様式の木組みファサードが眩い。



では、建物の左右の端を見てみよう。




写真左上のハート形に刳りぬかれた持ち送りに支えられて、
左上から右下に向かって走っている扁平型の湾曲した支柱が
角の脚柱に接して、写真左下にみえる突起部のついた筋交い
に嵌合する格好で木組み構造を形成している。


このハート形の持ち送りは、検索をしてもヘッセン州でしか
見当たらず、しかも9割型がこの街の建築物であった。


おそらくこの地方独特の様式なのであろう。




_______________[Wetzlar Kornmarkt 8-10 2010 © DFS All Rights Reserved]


特に目を引くのは、2階と3階部分で左右に走っている、くっきりとした溝目模様のついた敷桁と枕材で、
間にはさらに別の板がはめ込まれており、これが8番地と10番地の二つの建物を繋ぎ止めているのである。
b0206899_1241343.jpg

_______[Wetzlar Kornmarkt 8-10 2010 © DFS All Rights Reserved]________

両方の建物でスレート葺きの切妻屋根に加え、高い切妻と半切妻の屋根裏部屋を共有している。

8番地の一階と2階(地上階と一階)部分には、最近になっておよそ不釣り合いなショーウィンドーが作られ、建物の外観が損なわれてしまっている。(写真右下、手前部分がえぐれてしまっている)
b0206899_18225327.jpg

_______[Wetzlar Kornmarkt 10-12 2007 © DFS All Rights Reserved]_______
by fachwerkstrasse | 2010-11-12 18:33 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑬ -

次に右を見やって、ローマ皇帝軒の左隣の3番地の建物(右から二つ目のグレーの建物)
b0206899_23531146.jpg

_________[Wetzlar Kornmarkt 2010 © DFS All Rights Reserved]________

穀物広場の北側に位置するこの建物も、平入り5階建ての木組み建築で、正面ファサードはスレート葺き。
18世紀末の建築で、以前にここにあった「軟骨亭(Krachbein)」という建物の基礎部分を土台に造られた。

正面の玄関扉と階段は建築当時のままだが、本来なら縦5列にきれいに窓が並んでいたところに、
一か所だけあとからショーウィンドーが作られてファサード全体のバランスが損われててしまっている。

最上階には、溝入の屋根蛇腹のついた扁平型の三角切妻の屋根裏部屋がある。

さらに左隣の1番地にある、切り出し石の防火壁も見逃せない。
背面にはゴシック様式のアーチが継ぎ足されている。
by fachwerkstrasse | 2010-11-11 23:54 | ドイツ木組みの家街道

文学地理学 (導入)

いやはや、人間が「独自に」考えだせるものなど、所詮は限られたものなのだ。独創的な、と思っても、実はすでに他の人が考え抜いていたアイデアだった、なんてことはしょっちゅうある。だから書物を読み、体系化され規範化された学問に触れ、現在ではなく伝統により注視していかなくてはならない。

歴史を巡る旅、文化の痕跡を訪ね歩く旅、というコンセプトをブログの冒頭に掲げたが、実はそれが真新しいものでも何でもなく、それどころか文学解釈の最新潮流として、にわかに注目を浴びている分野でもあるのだ。

b0206899_2312114.jpg

チューリッヒ工科大学の地図学研究所の研究者であるバーバラ・ピアッティ氏が2008年に上梓した研究書「文学地理学」がそれである。

実はひょんなことから今学期履修することになった日本文学のゼミの基礎文献として、この本が用いられているのである。本で考察対象となっているのは内容的にヨーロッパ文学がほとんどなのだが、このメソッドや視点を日本文学でも応用してみようというわけだ。

この本は目からうろこであったと同時に、自分にとっては「救い」でもあった。長年つっかえていたものがすっととれて、自分が本能的に感じていた違和感と、それから芸術に向き合う際の「確信」それが学問的に裏付けられた格好となった。
________________[Hirschhorn am Neckar 2010 © DFS All Rights Reserved]

詳細はいずれここで展開してゆくが、文学地理学の狙いは、80年代以降の文学理論の中で、作品が成立した背景や著者と言うものの存在を無視し、言語学をベースに発達した理論をもとに、あまりにもテクストや時間という「テクスト内の」要素に偏っていた解釈学に「空間」という要素を持ち込んで、新たな光を差し込もうという実に壮大な試みである。そして文学作品の舞台となった場所を訪ね歩く「文学ツーリズム」の意義を再検証し奨励している。

嬉しかった、本当にうれしかった。実際に作品が生み出された、ないし作品のストーリーが展開された土地や空間をこの目で観て、生きたものとして作品を理解しようという、自分の試みは間違っていなかったのである。10年前なら、それは素人のやることで、専門の研究者がやることではないと一蹴されていたことだろう。また自分も実際に、作者の意図に沿って作品を「解説」しているようでは、プロの研究者としてはやっていけないとはっきり言われた。
b0206899_23143383.jpg

______[Der Neckar bei Bad Wimpfen 2010 © DFS All Rights Reserved]______

その後は自分の知識不足を補いながら、こうした「欠陥」を改めるべく、認識を新たにしようと、必死でもがいてきた。しかし作品を作者と切り離して、純粋な存在としてのテキストのみを解剖していくようなやり方には、どうしても与することができなかった。それではあまりにも、読み手が存在している「現在」そして読み手と言う主体があまりにも強すぎる、芸術に触れる本来の目的は、今の時代の価値観や風俗や美意識を離れ、俗っぽい言い方をしてしまえば昔にタイムスリップすることではないのか、あるいはこの言い方に語弊があるならば、作品を読み手の側に引き寄せて合致させるのではなく、読み手が作品の方に歩み寄り、読み手が変化しなくてはならないのではないか、そう思っていたのだ。

それは我々の想像力を刺激し、現状の枠内でしか体験することのできない我々の日常に、新たな次元・広がりをもたらして生活を豊かにし、それによって真の意味での創造力を発揮できるようになるのである。作品に内在するものに目を向けず、理論武装や恣意的な問いかけで作品を征服してしまおうとするのは、真の芸術の喜びではない。だから無批判に現代を肯定し謳歌する今の大衆芸術には、ほとんど反感すら覚えるのである。自由だ、独創的だと人々が考えている大衆芸術の方が、実はよっぽど保守的・規範的であり、かつ強制力を持ったものなのである。我々が「内容のない、薄っぺらな」と感じる判断基準の一つは、おそらくこういうところにあるのである。

b0206899_23152582.jpg


もちろん読み方と言うのは自由であるべきだ。しかしテクストを機械のように分析し論じる現代思想は、我々から読む楽しみを奪い、芸術の根源的な価値を半減させてしまったのではないだろうか。そこにこの「文学地理学」が学問分野として打ち立てられたことは、とても意義深い。


この本は理論展開をした後に、様々な「ケース・スタディ」を豊富に上げている。それはいずれ自分で実地にやるとして(笑)まずはこの理論をきちんと自分のものにしていくために、翻訳としてではなく、自分なりに理解しよう訳した形でまとめていこうと考えている。





[Der Rhein bei Braubach 2010 © DFS All Rights Reserved]_______________


書を捨てよ!ではなく、書を携え町に出よう(笑)
by fachwerkstrasse | 2010-11-10 23:19 | 文学地理学

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑫ -

さて今度は広場の突き当たり、区画としては広場の先に延びるオーバートーア通りの18番地をみてみよう。
b0206899_2345197.jpg

_______[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

こちらの4階建ての建物もやはり平入り(住所に該当する通り、すなわち写真右側の面に玄関があるようなので、妻入りじゃないかねぇ?) 17世紀末にアルンスブルク宮廷のイエズス会系の学校をそっくりそのまま真似て築造されたらしい。一階部分(地上階)は漆喰塗りで、その上に木組み構造が密に合わさった居住スペースが2階、3階と続いている。

b0206899_8543967.jpg
写真右手ファサード面の上から2段目の中央部分を見ると、筋交いで支柱を補強し、持ち送り
とも組み合わさって、さながら人間のような形になっている。こうした形状を、その名もMann- figur=人型)といい、木組み建築の骨組みのパターンの一つである。この人型は通りに面し
たファサードの脚注、および切妻屋根の大きな屋根裏部屋部分の角の脚柱とに接している。


______________[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]


2階から上の部分では、階層ごとにわずかに段差があり、そこに腕木が若干張り出している。
これらの腕木は下半分が刳り抜かれて、人型と並んで、際立った木組模様を成している。
b0206899_9335333.jpg

_______[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]_______


ちなみに、穀物広場に面した側の3階部分に、木組みが交差している個所がある。b0206899_1416861.jpg
これは「薪架=Feuerbock」とよばれる、装飾的な木組みの一種で、もともとは
中世から近世にかけて、鎖や棒で足元の土台や架台を固定し、暖炉の前に置いて
薪を乗せるために用いられていた道具だったのだが、その形状が木組み建築の
装飾に用いられるようになり、名称もそのまま受け着いたというわけだ。
______________[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-11-09 23:48 | ドイツ木組みの家街道

ドイツの産業文化

b0206899_011215.jpg


19世紀を中心に隆盛を極めた精神文化と並んで、ドイツにはもう一つの重要な側面がある。

それが今日につながる産業文化だ。

300以上の領邦に分かれていた特殊な政治事情や戦乱、民主化運動の挫折などに甘んじていたドイツだったが、
しかし19世紀後半からドイツの工業は目覚ましい発展を遂げ、バイエル、ダイムラー・ベンツ、BMW,ディーゼルエンジンを開発した商用車のMAN、総合電機のジーメンスなど、
今日における各業界の代表的な大企業が工業大国の基幹を形成してゆく。


____________________[Stuttgart Hbf 2007 © DFS All Rights Reserved]


現時点で33あるドイツの世界遺産のうち、主として19世紀以降の産業文化の記念碑として登録されているものが4つある。エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群フェルクリンゲン製鉄所ヴァイマルとデッサウのバウハウスとその関連遺産群 [6]ランメルスベルク鉱山およびゴスラーの歴史都市(銀の採掘は1000年以上前に遡る)

特に今年の「ヨーロッパ文化都市」はルール地方で、地域全体で様々な催しが行われている。
この地域はライン川の水運と豊富な石炭という資源を武器に、20世紀ドイツの経済のけん引役であったと同時に、政争の火種ともなった重要な地域である。
b0206899_055114.jpg

_______[Essen Zollverein Schacht 2010 © DFS All Rights Reserved]_______

このカテゴリでは、そうした産業文化の遺産や現在でも稼働している産業の現場を訪ね歩き、学んできたことをまとめていこうと思います。

第一弾は、総合化学メーカーのBASF本社。ここで行われている工場ガイドツアーに参加してきました。
by fachwerkstrasse | 2010-11-07 23:58 | ドイツの産業文化

冬時間の到来とともに「冬の旅」を想う (続き ③)

そんなシフのピアノは、冒頭からまさに氷のように冷たい。

冷た過ぎて恐怖すら感じてしまう音色で、聴き手を一気に冬の旅へいざなう。

b0206899_19245031.jpg

____[Heidelberg Blick vom Philosophenweg 2010 © DFS All Rights Reserved]____

「おやすみ」と、すでにこの世との決別を表明し、さすらい人は歩みを続ける。冷たい風が吹きすさび、涙も凍りつき、もはや妄想を抱くことすら許されず、リンデの木(菩提樹ではない!!!)の下でしばしの休息をとり、目を閉じる。雪の降る真冬の夜に、である!。梢のざわめきは、まるで「おいで」と呼んでいるようだが、まだ本当の安らぎは得られない。旅人はまだ歩みを止めるわけにはいかないのだ。

再び涙があふれ、悲しみは雪に吸い込まれてゆく。川のほとりでしばし樹皮に刻んだ恋人の名前に思いを馳せ、幸福な思い出が一瞬蘇るも、再び孤独と絶望の現実に引き戻される。鬼火までがちらつくが、山小屋でしばし憩いの場を見つけた。

b0206899_19292044.jpg

幸せな春の夢も、いっときのわずかな幸福への夢想も、無情なカラスの鳴き声で一瞬に容赦なくかき消されれ、目の前の厳しい「冬」の現実に引き戻されてしまう。

シュライヤーとシフの演奏では、そのコントラストが実にすばらしい。

旅人はついに明るい朗らかな世界を呪うようにまでなってしまい、再び孤独に歩みを進める。

街からやってきた郵便馬車のラッパの陽気な音色が聞こえる。

恋人の住む街からやってきた、あの郵便馬車だ!

だが当然自分宛の手紙などあるわけもない。


______________[Heidelberg Kurzer Buckel 2010 © DFS All Rights Reserved]


降り積もる雪で頭は真っ白だが、本当に年老いて白髪になったかのような心持ちだ。頭上には、そんな死に体の自分に食らいついてやろうと、カラスが一羽くるくる飛んでいる。シフの軽快なテンポと透明で軽やかな音色は、もう本当に屍の上をくるくる飛ぶ鳥と、冬の冷たく澄んだ空気そのものだ。枯れ木に一枚残る葉に最後の望みを託すも、それも無残に散ってしまう。村に入っても犬に吠えられる始末。

b0206899_1930461.jpg

_______[Heidelberg Schloßgarten 2010 © DFS All Rights Reserved]______


風の吹きすさぶ朝、そうさ、冬はこうでなくちゃ!と、もはや自暴自棄。暖かい家庭の幻影まで見えてくるようになった。もはや自分が進むべくは、誰も通ったことのない道、一人として戻る人のない道だ。

おまけに最後の安息所(つまり墓場)でも満室だと断られる始末。もはや陽気に歌って踊るしかあるまい。
この世にゃ神も仏もないんだから!!3つ見えていた幻日も、二つが沈んでしまい辺りは暗いが、むしろその方がかえって心は落ち着くというもの。

b0206899_381773.jpg


そして村のはずれで孤独に手回しオルガンを回す奇妙な老人と出会った。

聴く人もないまま、ひたすら回す、回す、回す… ライアーマンの孤独な調べ… 

まるで演奏が終わっても冬の旅の音楽は永遠に続くかのようだ。



_____________________________[Der Leiermann © Anton Piek]

そう、ここで描かれている孤独と絶望は、どんなに時代が変わろうとも、必ず人々の胸の奥にあり続けるのだ
by fachwerkstrasse | 2010-11-05 19:47 | 音楽雑感

冬時間の到来とともに「冬の旅」を想う (続き ②)

シューベルトは歌曲を本来テノールの音程で作曲している。冬の旅の沈痛な世界はバリトンでないと軽く響いてしまうという意見もあるが、やはり作曲者本人が描いていた世界はテノールの高い音程なのである。
(自分はどうも、F/ディースカウの即物的表現に共感を覚えられない。まるでロボットが歌っているようにしか聴こえないのである。ライブ録音もいくつか聴いたが、とても荒かった。)

さて、そんな冬の旅の筆頭にあげたい録音は、シュライヤーとシフの共演だ。

b0206899_06460.jpg
何が凄いって、ここでのシフの仕事はもはや「伴奏」の域を完全に超えてしまっている。あたかも「歌付きの」ピアノソナタを聴いているような気分だ。

だが、残念ながらこれを100%の決定版におせない理由は、他ならぬシュライヤーの歌唱。晩年のシュライヤーの声にはどうしても年齢を感じてしまう。

[Peter Schreier, Schiff András (WHLive0006) © Scheila Rock]___________

さらに、これはものすごく贅沢な要求だが、冬の旅といい水車小屋といい、語り手はさすらいの若者のはずなのだが、老人の声で聴くと、まるで「まぁ若気の至りじゃのぅ」と、どこか達観して物語っているように感じてしまうのだ。歌い手の生まれが早すぎたのか、伴走者の生まれるのが遅すぎたのか・・・ それはそれで、円熟の表現として貴重なものだし、この録音でも長年培ってきたシューベルトの解釈をあますところなく披露してはいるのだが、それだけにいくつか残念な個所がある。(高い声は美しく伸びているが、逆に低音が厳しい)
b0206899_004590.jpg

___[Heidelberg-Ziegelhausen Oberer Rainweg 2009 © DFS All Rights Reserved]___

引退公演を日本で生で聞いた時には、もうそんなのをみじんも感じさせない、少ない音から紡ぎだされる巨大な空間を作り出していたが、録音だとどうしてもそういう細かい点が気になってしまう。実際、若い時の方が声も表現も素晴らしく、生き生きとして実に伸びやかなのだが、そうかといって、逆にシフの伴奏はといえば、これを一度聴いてしまうと、もうどんな伴奏も「浅く雑に」響いてしまう。何たるジレンマ!!

唯一の例外は、最近マティアス・ゲルネと共演しているエッシェンバッハくらいのものだろうか。だがそれも全体的な表現の深みであって、やはりシフほどシューベルトの少ない音符の一つ一つの意味を正確に捉え、それを過不足なく音にしているピアニストはいない。
by fachwerkstrasse | 2010-11-04 23:58 | 音楽雑感

冬時間の到来とともに「冬の旅」を想う (続き ①)

b0206899_23143315.jpg


リアルタイムで旅日記をここにあげているわけではないので、たまには季節の話題でも… 


と思ったら次々といろんなことが思い浮かんで、どうしても音楽の話になってしまう、やれやれ。

とはいうものの、芸術をそれが生み出された土地で、季節を肌で感じながら享受できるのはとても幸せなことだし、むしろ理解する上では必要不可欠なことだと思うのだ。


かつては風土論に対する哲学者の風当たりも強かったが、おそらくそれは思想信条創造を紙の上にとどめておきたい学者の性ではないか。



______________[Heidelberg Schloßgarten 2009 © DFS All Rights Reserved]



しかしキリスト教(の元をたどればユダヤ教)は、ユダヤ人の過酷で壮絶極まりない運命と、砂漠という厳しい自然環境なくしてはそれまでの円環ではなく線的な(後の時代の言い方だと弁証法的な)発展の発想は生まれてこなかったと僕は思うし、ドイツのこの雲に覆われて暗い冬なくしては、観念論哲学もロマン主義もありえなかったことだろう。

雪に覆われたハイデルベルクの街並み。19世紀初頭、フォン・アーニムとブレンターノはここで民謡の収集を行って「少年の魔法の角笛」を編纂した。これがハイデルベルクでのロマン主義の口火を切ることとなる。街の中には、二人が共同作業を行った家も残っている。
b0206899_064631.jpg

_____[Heidelberg Philosophenweg 2010 © DFS All Rights Reserved]_______

同じように、文学作品もそれが生み出された時代、土地、作者という一人の人間、これらの産物であり、それらを切り離して、あたかもテクストだけが純粋に存在しているかのような解釈学には、まるで人間機械論を地で行っているような感じがして違和感を禁じえない。そもそもなぜ「作者の意図に《縛られる》と」などと、思い上がった発想になるのか、一応文学理論をざっと俯瞰した今になっても、首をかしげる今日この頃だ。(こうはっきりと書くのは、それに代わる新しい理論的根拠に出会ったからなのだが、それについてはまたいずれ詳しく)ちなみに一方で、演奏家の建前としては、あくまでも「楽譜に忠実」。実際はいろいろやりたい放題やってはいても、百年前ならいざ知らず、今の時代にあっては「おれはもう作曲家の意図になんて縛られるのは真っ平御免だ」などと口にしようものなら完全に干されてしまうだろう。

話をシューベルトに戻すと、西洋の音楽史をひも解いても、およそこれに匹敵する作品は見当たらない。俗世の人間ではなく、神を聴衆としたバッハの堅牢無比な対位法の世界も、変奏技術と構築美の限りをつくして19世紀の扉を開けたベートーベンも、純粋に神という「中心」を念頭に置きながら創作ができた中世の宗教音楽も、そして逆に和声や管弦楽法が行きつくところまで行ってしまった19世紀末の音楽も、およそ「冬の旅」の世界にははるか及ばない。

(バッハが洗礼を受けた、アイゼナハの聖ゲオルク教会)
b0206899_071272.jpg

_____[Eisenach Pfarrkirche St. Georg 2010 © DFS All Rights Reserved]______


というのは、バッハは当時の人に聴いて分かりやすい音楽を書いたのではなく、純粋に音楽として優れたもののみを目指したのであり、ベートーベンは流麗な旋律を生み出す才能はとんとなかったが、構築美と執拗なまでの主題処理の方法論は他を圧倒するし、中世から近代までは、単旋律からポリフォニーへ、そしてポリフォニーが禁止され、ルター派のコラールから再びフーガの極致へと、発展と後退があった。かくて歴史は繰り返される。また、調性を維持し続けたた20世紀の音楽を不当に低く評価してはならない。機能和声の範囲内でさらなる発展を遂げた稀有な作曲家もいたのだ、この辺今後の課題。では、シューベルトが到達した世界とは一体何なのだろう。彼は晩年になって対位法の重要性を悟って勉強しようとしたが、先に命が尽きてしまった。シューベルトと対位法… 聴いてみたかったような、ソラ恐ろしいような…。

別な言い方をすれば、シューベルトのこの連作歌曲集だけが、西洋音楽史の中で唯一、ほとんど例外的に飛びぬけてまったく別の世界へ行ってしまっているのだ。F.ディースカウが能の世界に通じる虚無感を指摘しているように、あえて比較をするならばむしろ「すべてはかりそめに過ぎぬ」あの東洋哲学の世界だ。ショーペンハウアーがインド哲学に触れていたことは知られているが、はたしてシューベルトが東洋哲学をかじっていたのかどうか、ほとんどその可能性はないと思うのだが、いずれにせよ意図してのことなのか、偶発的な芸術上の奇跡のなせる技なのか、シューベルトはこの作品でとんでもないところへ行ってしまった。その意味でも彼は孤独な人だった。音楽史の中で孤独な位置を占めているのである。それはただ単に「歌曲の王」の称号で語りつくせるものではない。
b0206899_002777.jpg

_______[Heidelberg Alte Brücke 2010 © DFS All Rights Reserved]________
by fachwerkstrasse | 2010-11-03 23:57 | 音楽雑感