まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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なぜ「木組み街道?」 - (12) - フルトヴェングラーと街並み -

ところで、このブログではやはり「古いもの」「失われてしまったもの」「失われつつあるもの」という観点から、特に音楽についても取り上げていこうと思うが、そうなるとやはりフルトヴェングラーに触れずにはいられないだろう。正直なところ、オンライン・オフライン問わずマニア一家言をお持ちの方々が(特に日本では)あまりにも多いので、フルトヴェングラーについてだけは、書くのが「恐怖」なのだが、謙虚に、自分の知りうる範囲内でのことを率直に書かせて頂く他ない。

往年のベルリンフィルの元団員の方々にインタビューをされ上梓された川口・マーン氏が、カラヤンとフルトヴェングラーの音楽の違いを、街並みにたとえておられたのは、とても興味深く、象徴として木組みの家を採用するというこのブログのコンセプトを考えた自分としては、非常に合点がいく。いわく、フルトヴェングラーの音楽は、不揃いながらも全体としては調和のとれた古き良きドイツの街並みであり、カラヤンの音楽は精緻に隅々まで磨き上げられた、寸分の狂いもない現代のハイテク機器のようなものであると。

「フルトヴェングラーの音楽の美しさとカラヤンの音楽の美しさは、まるで異質なもののような気がしている。カラヤンの音楽の美しさが完璧さにあるなら、フルトヴェングラーのそれは、不完全さにある。フルトヴェングラーの音楽の印象を、私は本文の中で、古いヨーロッパの建物に譬えた。柿色のかわらが並ぶ屋根の線は、直線でありながら、直線でない。同じ形であるはずの窓は、どれも微妙に違っている。でも、それは歪なのではなく、えも言われぬ自然な美しさを見せながら、周りの風景にしっとりとなじんでいる。完璧でないからこそぬくもりがあり、私はその情景に抵抗なく引き込まれ、自分の気持ちを委ねることができる。カラヤンの音楽を聴いている時の私は、どこかでいつも抵抗しているのかもしれない。もっとも一方で、カラヤンの音楽の精巧さに魅了されることも、もちろんある。金属製の光沢のある、歪みの全くない曲線は、流線形のポルシェのような美しさだ。そして、鋭角で正確な動きと、美しく丸みのある響きの完璧な合意。」

(川口マーン惠美(2008)「証言・フルトヴェングラーかカラヤンか」新潮選書 pp. 267)

(川と山々に囲まれた古き良きハイデルベルクの街並み。ここにフルトヴェングラーは眠っている)
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__________[Heidelberg 2009 © DFS All Rights Reserved]__________

実際この指摘はまさに我が意を得たりというわけで、一見パステル調の塗料で壁をきれいに塗っていたり、木組みの家を再現しているように見えても、現代の建築技術(ないし建築基準)で再建された建物は窓枠や壁の表面など細かいところが「きれいに揃っている」のである。

古い木組みの家だと細かい部分はおろか、家屋全体が傾いていることもあり、骨組みも途中で屈折していたりして、果たして本当にこんなところに住めるのかしら?と思うような建物も珍しくはない。(床板にビー玉を置いたら、全力疾走するだろう) しかしこうした「不調和」こそが歴史を物語っているのであり、この歪み・時間の流れはどんなに技術が発展しようとも(いやむしろ技術が発展すればするほど)絶対に再現不可能なものなのである。
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__[das Schiefe Haus (17.Jh.) in Wernigerode 2007 © DFS All Rights Reserved]___

戦後に再建された「歴史的な」街並みが嘘臭く感じてしまうのは、こういうところがやたらと目についてしまうのもその原因の一つ。そこで感じる喪失感、違和感、現代を象徴するかの如き表面的な感覚は、そのまま20世紀の大衆の要求に見事にこたえ続けたカラヤンの音楽に通じるものといえるだろう。

これを前提にすると、フルトヴェングラーの愛好者がますます増えていくのに比して、カラヤンの仕事が「実績」として売り上げ枚数などの「記録」として評価されることはあっても、音楽そのものの評価が急速に揺らいでいることの説明もつくというものである。

20世紀のハイテク機器は進歩も早ければ廃れるのも早い。しかし19世紀までに培われてきたものは、その後の技術革新を経てなお、その良さが見直され、かえって新鮮さを持って受け入れられることもある。むしろ20年前の携帯電話やパソコン、また建築などの方が、わずかな時間の経過の間に、それよりも古い「伝統的なもの」よりもことさら古さが強調されて見えてしまうのではないか。

例えばTVで、日本でもヨーロッパでもどこでもいい、古い街並みが紹介されているのと、20年前のトレンディドラマの再放送とでは、どちらが「古臭い」と感じるだろうか。同様に自分には、木組みの家の街並みよりもフランクフルトのビル街の方が一掃「古びて」見えてしまう。(はたして、ベルリンの現代建築群はいつまで新鮮さを保つことができるだろうか?)

20世紀と言うのは、人類がかつてないほどの改良や革新を遂げて、未曾有の文明を築き上げたわけだが、おそらく数百年後に人類の歴史を振り返るならば、これほど「古臭く」「思い起こしたくもない」ような、人類が不自然に「人間であること」から離れていこうとした極端な時代、そしてそして先にも後にもこれほど多くのものが失われていった時代はなかった、という評価を下されるのではあるまいか。

※ ちなみに、フルトヴェングラーは生きた時代は二度の大戦を挟み、レコード技術のおかげでかろうじてその演奏に今でも接することができるだけだが、その芸術と人間性は完全に19世紀の人である。トーマス・マンが「その風格ゆえに」愛した19世紀、ドイツの文化が純粋に最後の輝きを放つことのできた時代である。第二次大戦までの重要な文化遺産は、19世紀と20世紀の葛藤の産物でもあったわけで、一筋縄ではいかなくなる。

それにしても、フルトヴェングラーがせめてあと10年長生きしてくれていたら!カラヤン62年のベートーベンの鮮明な音質と、カラヤンの推進力あふれる解釈の中にも、わずかに残るフルトヴェングラーの残滓ともいえる重厚な響きを聴くにつけ、歯がゆい思いだ!(カラヤン62年のクリアーな音像と、フルトヴェングラーが亡くなる半年前の54年の録音の解釈を頭の中でミックスする作業を繰り返しています…)
by fachwerkstrasse | 2010-09-29 23:54 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (12) - 真実の自己を求めて -

自分は小学校から大学入学にかけて、特に最後の浪人時代の一年には、広範な歴史の知識を獲得したが、あれがなかったら、今の自分はないと思うし、世の中で起こっていることの半分も理解できていないだろう。(資料や情報に対する批判を行うのはそれからだ。日本の大学で、高校までの「詰め込み」をベースに批判や議論を行う力を養成することができるのであれば、かなり理想的だと思うのだが…)

まずは本当の「自分」というのは、そうした過去への敬意、それまでの人類の蓄積を貪欲に吸収した上で完成するものなのだ。そういったものに関心を払わず「自分が、自分が」と吠えている限りは、それは実はまやかしであって、本当の自分ではない。(だから、頭の柔らかいうちに本を読み、いろんなものを見聞きしなくてはならない!こう思うのは、すでに年を取った証拠なのかしら?)

(ゲーテ:喜びをもって行為をし、行為したことに喜ぶものが、幸せをつかみ取るのである)
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[Goethe-Denkmal in Jena 2006 © DFS All Rights Reserved]

そんな思いで、この10年間突っ走ってきた。浅はかさゆえ自分のその場その場の好みに流されて、下らないものに情熱を注いでしまった10代の時間を取り戻すべく、ゆっくりだけど、愚直に。それでも、幼少期から本物に触れ知識と体験を蓄積してきた人達には、もはや到底敵わない、本当にもったいない人生を過ごしてきたものだと、今ものすごく後悔している。それ故耳をふさいだり、誤解を招いたり、せっかくのチャンスをふいにしたり、取りこぼしもたくさんあったけれど、でも今は、はるかにいろんなものがみえる、きこえる。まだまだ、自分には足りないものがあまりにも多いが、それでも、少しづつ、自分の発想や解釈も加えながら、これまでの蓄積を整理することができる段階に来たと、最近は感じている。そして、それをさらに発展させてゆくために、ここでそれを記録してゆきたい。

その意味で、自分にとっての木組みの家というのは、文化・精神・深淵なるもの、そして永遠なるものの探求の象徴といえる。その過程を記して行くのがこのブログの目的であり、それ故このように名付けた次第だ。とはいうものの、木組みの家の街々もまだ4割ほどしか見ていないし、純粋な精神の探求の旅は永遠に終わらない。たとえ、現代では古典的かつ永遠不変なるものの価値がさげすまされていようとも、これを人間の義務として、この取るに足らぬ一個の生命体が燃え尽きるまで求め続けてゆかなくてはならない。いま、ここから最初の一歩が始まる。

(ゲーテ:間違いは誰でも犯すものだが、常に高みを目指していれば、やがて真理に到達するであろう)
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[Goethe-Denkmal in Jena 2006 © DFS All Rights Reserved]

でも正直なところ、あまり小難しいことを考えずに日常を楽しく生きていた方が幸せなんじゃないか、とも思います(笑)こう思うのは、まだまだ知的探求が足りないからなのか、そもそも自分に考える才覚がないからなのか…。
by fachwerkstrasse | 2010-09-28 11:02 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (11) - まなぶ = まねぶ -

日本人の学び方はひたすら受身だという。確かにそうだ。自分の意見や感情を封じ込めるように教育され、社会でもそれが求められる。一方でアメリカの教育の基本は「自分の知らないことについて、きちんと知識を得るまで意見を述べてはだめ」というのの対極にあるらしい。これまでの自分の経験や見聞きしたことからも、ドイツの学校でも、生徒がどんどん自分の意見を言いながら授業が進んで行く。教科書の内容をすべて消化し、丸暗記することは試験でも求められない。与えられた情報や資料に対して、いかに自分の意見や解釈を論理的に表現できるかが問われる。

それはもちろん重要なことだ。日本人が参考にすべき点は大いにある。けど、僕は日本の文化の独自性やら、日本はとにかく外国に学ぶべきだ、といった紋切り型の観点を、ここでは拒否したい。そういったこととは別に、声を大にして言いたいことがある。

個々のちっぽけな人間が、どれほどのことを自分だけで考えられるというのか。思いつきで意見を述べたり、予備知識もないまま、勝手な想像でなにかを解釈することに、どれほどの意味があるというのか。3人寄れば文殊の知恵というが、浅薄な知識の人間が3人そろっても、さらに頓珍漢な方向に進んで行くだけだ。正しい知識と認識を得るためには、まず正しい方向付け(Orientierung)が必要なのである。

文字として確実に残っているものだけでも、人類には3000年近い英知の蓄積がある。そして、とりわけここ数百年の間に、ドイツ語圏の文化が生み出した豊饒な世界は実に巨大なものだ。特に、人間の内面とこれほど深く厳しく、徹底的に対峙した文化は、他にない。そして、彼らもまた、それ以前に継承されてきたものに敬意を表しながら、それを批判的に継承し発展させていったわけだ。

(イエナのプラネタリウム近くにある、ゲーテ記念碑。1821年にザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公妃のマリア・パヴロヴナによって建立されたもの。数あるゲーテ記念碑の中でも最古のものだ。意訳すれば「しっかり考え、よく学べば、人生はもっとも深い内面性を獲得する」。
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[Goethe-Denkmal in Jena 2006 © DFS All Rights Reserved]

あえていおう。人として意見を述べたり、生産的な活動をしようと思ったら、知識と体験を獲得しなくてはならない、きちんと知識を得るまでは意見を述べてはだめだ。ブルックナーは、36歳で作曲の修行を終えるまで、実に6年間、師から自由な創作を禁じられた。そこまでの努力と、一種の「封じ込め」を経て、人間は真に個性的な創造に達するのである。別の例を挙げるなら、ドイツの学校の歴史の授業のように、特定のテーマについて資料を扱い、論じさせるやり方も、もちろん批判的な思考を養成する上では有用ではあると思うが、歴史を学ぶということに関していえば、日本のような知識偏重詰め込み型の方が正しいだろう。日本語で「学ぶ」ということばは「まねぶ=真似る」からきている。

ただしこのゲーテの格言、時代がかっている上にゲーテ独特の表現なため、今のドイツ人が読んでも「??」らしい(この写真を撮った時一緒にいたドイツ人(ドイツ語の先生など、教養のある方々です)は、みんな「まったく意味がわからない」と首をかしげてました…。この言葉は建立者であるロシア皇帝の娘とその子供たちに与えられたもので、直訳すると「優美に考え甘く覚えてゆけば」という、上流階級らしい貴族的な(?)表現なため、現代の視点から見ると、意味不明な文面になってしまいます。詩なので押韻の都合上ということもあるでしょうし…
by fachwerkstrasse | 2010-09-27 23:56 | なぜ木組み街道?

円熟した演奏

ちなみに、先の許光俊氏のコラムで触れているチッコリーニだが、ここ10年程の間定期的に日本を訪れているのに、一度もタイミングが合わず聞き逃している、痛恨の極み。

あと格安のチケット代にも触れられているが、確かにピアノを中心にソリストの演奏会だと、日本の方がむしろ安いのではないかと思うことがある。歌劇場引っ越し公演などは、逆に目玉が飛び出るような値段だ。むかし、ベルリン国立歌劇場がクプファーの演出、バレンボイムの指揮で「指輪」をやりに来た時は、一番安い席でも4講演セット券で大卒初任給と同じくらいだった。

思うに、ソリストの演奏会企画は場所を問わず民営のマネージメントや団体が切り盛りしているのに対して、オペラやオーケストラなどには企画段階から国立の劇場でなされていることから税金の投入規模が違うのだろうと思う。結果として、来日公演は当然公的扶助の対象外なので、日本では法外な値段、逆に器楽曲は(の方がむしろ)日本では人気があるし、経費もかからない。おそらくそういう背景があるのだろう。

ただし、ソリストの演奏会でもドイツで学割が適用されれば話は別。一回の軽い食事くらいの値段で一流の演奏を特等席で楽しむことができる。いずれにしても、若いうちにドイツに行って、大学に学籍登録をして、歌劇場に通い詰めないと、本当にもったいない!
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[Frankfurt Alte Oper 2009 © DFS All Rights Reserved]

さて、チッコリーニは録音も精力的に行っているが、CDでも聞いて、確かに円熟味を聴かせているのだろうなというのはわかるのだけど、やっぱりこれは生で聴きたい、同じ空間で音を聴かないと伝わらないものがあるはずだ、というのが(逆説的に)ひしひしと伝わってくる。こういう「円熟味」を体験できるのは時間的にも限られているので、ある意味木組みの家より貴重だし(笑)なにはさておき聞いておかなければならない。はたしてそのチャンスは巡ってくるのだろうか? 

そういえば、今年の五月にはネルソン・フレイレを聴きに行ったはずが、病気でドタキャンし、舞台に登場したのはブレハッチ。円熟味を期待して行った身としては、ピンチヒッターには申し訳ないが、余計に不満が募る結果となってしまったのである。しかもこの日は、フランクフルトにガーディナーロ短調ミサを上演しに来ていたのを、わざわざフレイレに賭けていったので、カネよりも「ガーディナーかえせー!」である。

年齢順でいくと、ガーディナーよりはフレイレを優先したわけだが、ブレハッチなんて、これからいくらでも聴けるんだから、だったらむしろこれがラストチャンスかもしれないガーディナーのロ短調ミサをとってたところ!!(HPにはフレイレ降板は一切告知されておらず、当日券の売り場でも告知なし、チケットにも記載なし、本番始まってから主催者が舞台に登場し、ブレハッチの登場を聴衆に告げる… もう少し情報処理はきちんとして下さいよ、S音楽祭の主催者さん…)まぁ、こういうハプニングが起こるのもナマモノの演奏芸術ならではなのである。
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[Schloss Schwetzingen Mozart Saal 2010 © DFS All Rights Reserved]

それはともかく、こうした円熟味でもっとも印象に残っているのは、ラローチャだ。最後の海外ツアーの日本公演を聴けたのは本当に良かった。(自ら引き際を決め「これが最後の海外ツアー」と宣言して各地で公演を行った)あの時は初めて芸術家の体から「オーラ」が出ているのが見えた。感じたんじゃなくて、本当に体を包む青白い炎のようなものが見えたのである。

はたして演奏はまるで天国から降り注いでいるかのような、いやまさに天国そのものだった。対位法とロマン派の書法を極めたショパンが晩年に行きついた境地に見事に合致した名演。 あれだけ「天」を感じさせる幻想ポロネーズは後にも先にもない。

青柳いづみこ氏は、新聞に掲載された論評で、その「枯れた」演奏に違和感を感じておられたようだが、ショパンの晩年は、まさに枯れていなくてはならないのだ!ショパンよりもはるかに長生きして、ピアニスト・教師として絶大な影響を後世に及ぼしたリストのせいで、ピアノ演奏の可能性は大幅に狭められてしまった。現在のショパン解釈の9割方は、ショパン自身が嫌悪感をもよおしていたリストの影響下にある。

「ラローチャ有終の美」 青柳いづみこ 2003年5月15日 朝日新聞

少し不満だったのは「幻想ポロネーズ」。病魔に侵された作曲家のおさえがたい生への未練が生々しい官能の形をとって表れる作品だが、彼女にはそうした執着はないように見えた。「舟歌」など、既に彼岸に渡ってしまっているのではないかと思ったほど。

まぁ、これらの演奏会については、また時期を改めてここで取り上げます。
by fachwerkstrasse | 2010-09-26 23:55 | 演奏芸術 雑感

なぜ「木組み街道?」 - (10) - 演奏芸術 雑感-

(途中脱線して、演奏芸術の話に流れます。カテゴリも「演奏芸術 雑感」に移動)
by fachwerkstrasse | 2010-09-26 23:03 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (9) - 古典への視座 -

現代的意義といっても、それは古典を現代風に解釈することではない。これについてはいずれじっくり論じたいと思うが、自分は例えば昨今のオペラの演出にみられる「古典の現代風解釈」に疑義を呈している。古典に接して理解できないのは、勉強不足の現代の読み手・聴き手の責任であり、それを理由にして作品に手を加えるなど言語道断である。作品を現代に近づけるのではなく、我々の方から古典作品ないし古典が生み出された時代に近づいていかなくてはならない。

そもそも古典を紐解く意義は、今生きている時代、習俗、常識、知的営みとは異なる世界に触れて、現代とは別次元の「精神的広がり」を自分の中に作り出すことではないのか。言葉の壁、時代背景の違いなど、様々なハードルがあるのは確かだが、それを乗り越えて得られるものは、現代のとっつきやすい表面的な文化よりもはるかに大きい。池澤夏樹も古典と取っ組み合う大切さを強調している。

世界文学の名作 脚光 18年ぶりに全集発行など」(2007年 朝日新聞)

「今は口当たりのいい、おなかにもたれない小説を好む読者の層が膨らんでいる。だが、歯ごたえのあるものを頑張って理解した時の達成感は大きな喜びになる。そうした格闘の体験は恋愛より大切なものだ。」

これは文学だけでなく、音楽や美術などすべてに当てはまることだろう。だが実際のところは、現代を無条件に肯定し、古典古代から現代に至る知的退廃をよしとし、挙句の果てには崇高なる古典そのものにまで手をかけようとしているのが現状。この傾向は日本よりむしろドイツの方が強いのではないかと危惧している。9割の人間が古典には目もくれず、残りの1割はまともに取り組んでいるだけマシだともいえるが、それは古典が本来持つ「重み」をきれいに取り払った模造品であることがほとんど。(制作サイドのプロダクションも、大衆の受け止め方も)哀れなるかな、せっかく人類が誇る精神的遺産がありながら、その価値を貶めることが「人類の進歩」だとされている。
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[Semperoper in Dresden 2008 © DFS All Rights Reserved]

今のドイツで憂うべきは、学生や職業訓練中の若者などは(失業者も!)演奏会や歌劇場などで映画よりも安い値段で特等席につけるのに、会場内の年齢層は見渡す限りどうみても高い。日本だともう少し年齢層にバラつきがあるように思うが、この状況はそのまま社会の精神的貧困さを物語っている。(青少年向けの企画などはやっているが、学校単位で無理やり連れてこられた生徒たちでぎっしり、隣の連れと喋り通しでロクに聞いていない。何よりも、演目や演奏形態はそのままなのに、司会者が出てきて上っ面だけの曲目紹介なんかしても、意味がないと思う。)喉から手が出るほど芸術に飢えていながら、財布と相談した末に涙を飲んでいる日本の若者が知ったら、怒り心頭ですよ、これは!

唯一ベルリンくらいだろうか、芸術が身近な存在として親しまれ社会の中に自然と溶け込んでいるのは…。それも伝統に重きを置いたものから最先端の意欲的なプロジェクトまで、実に多様で刺激的。企画の多さではおそらく東京が、幅の広さやバラエティの豊かさ、そして先進性ではベルリンが一歩リード、というところだろうか。
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[Die Berliner Philharmonie, großer Saal 2010 © DFS All Rights Reserved]

(上の写真は今年のラトル指揮ベルリン・フィルによるマタイ受難曲「上演」休憩時。
舞台中央で練習しているのは、客演ガンバ奏者のヒレ・パーレさん)

だからといって、そんな自分の「好み」を広めようとか他人におしつけようとか、なにかの潮流や運動を引き起こそうなんて、そんな気は毛頭ない(し、そんな行動力もカリスマ性もない)。そうではなくて、自分だけのそうした世界や価値基準を、ひとりひとりが自らの中に築き上げることが大事なのだ。文章化するのはそれを昇華させるためである。書くという行為を通じて自らの意識が明確なものとなり、読む行為もより生産的なものとなってゆく。(読む作業は書く作業に支えられている!)

そんな「古いものを探求する」知的営みの象徴として目に留まったのが、この木組み街道だった。そして、まずは駄文を並べ立てて自分のひねくれた視点を洗いざらいさらけ出すのが狙いというわけなのだ。しかし、それは許光俊氏が指摘するように、何かを論じるんだったら初めに自分の主観や寄って立つ位置を明確にしておくべきだからであり、むしろそうした主観交じりの情報の錯綜で、逆に真実を浮かび上がらせるというのは、まさに今のネット社会の特徴ではないか。かつての「客観的作業」の積み重ねによる情報ツールの権威は、その栄光を失いつつある…

(シンボルとしての木組みの家)
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[Bad Camberg, Obertorstraße 2009 © DFS All Rights Reserved]

だがそうは言うものの、ここまではっきりと「自分をさらけ出す」ことには躊躇していた。しかし迷いを拭い去り後押しをしてくれたのは、賛否両論分かれているこの本であった。

「カラヤンがクラシックを殺した」 (光文社新書) 宮下誠 (著)

バーゼル大学で博士号を習得されている美術史家だが、学術論文のお作法や方法論などなんのその、自らが精通している理論や概念を好き勝手に援用しながら、自らの思いのたけを存分にぶつけている。(そもそも作品ならいざ知らず演奏芸術は理論的な批評の対象となりえない。せいぜいのところ、どの版を採用したとか、楽器編成をどうしたとか、現代楽器か古楽器か、現代楽器をノンビブラートでやるか、という次元が精一杯で、ある演奏が良かったか悪かったかなんて、いくら言葉を尽くしたところで所詮は「読書感想文」の域を出ないのである)

だがむしろそれを逆手にとって、この本は、20世紀の演奏芸術が辿ってきた諸問題とジレンマ、そして芸術と社会・文明の関連を克明に浮き彫りにしている。学術研究としては絶対に無理な言説だ。(思えば、自分の出発点も名人芸の魔力に煽られてブラボーを叫ぶ聴衆と独裁政治による集団的熱狂を同一視したテーゼであった、そこからなんと遠回りをしてきたことか…)たとえ非難されて、罵倒され、敵を作ってでも、はっきりと自分の視点を打ち出した上で文化について論じなくてはならない、そのことを認識させるきっかけになった本だった。しかし本の内容より衝撃だったのは、この本が結果的に著者の最後の著書になってしまったということ…。
by fachwerkstrasse | 2010-09-25 22:47 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (8) - mein Standpunkt 自らの立ち位置 -

さて、のっけから話があらぬ方向に展開して意味不明なブログになってしまったが、できることなら、さっさときれいな木組みの家だけ取り上げて、音楽のこととか好き勝手に書いていけたら、その方がはるかに(読む側にとっても書き手も)楽だったろう。だが自分の性格上それは良心が許さないことだし、ここまでまとめあげてきた理念にも反することだ。

それに、単に穴場スポットを紹介するだけだったり、お気楽な旅行記の類や、日常に思いついたことをただ書きなぐってゆくだけのブログだったら、他の人達がもうさんざんやっている。単なる物見遊山で木組みの街並みを見に行ってきたのではないのだ。
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[Rheinische Friedrich-Wilhelms-Universität Bonn 2005 © DFS All Rights Reserved]

それがどういう意味を担っているのかについては、すでに説明した。木組みの家は自らの学び、そして理想の「象徴」なのである。その上でさらに、批判が起こることも承知で、論争的な発言も含め最初にさらけ出しているのは(これからもさらけ出すつもりだが)著名なこちらの音楽評論家の考えによるところが大きい。

連載 許光俊の言いたい放題 第175回「人生と音楽」

「自分はこういう人間」というのを棚上げして、他人の音楽をどうこう言うのが、何とも狡い気がしてならないのである。(...中略)だが、こうしたことにいっさい関わりなく、まるで拾ってきたきれいな石を褒めるような感じで綴られてしまう評論がほとんどなのだ。しかし本来、美について論じるということは、突き詰めるほどに、「それを美しいと感じる自分」を論じることと切り離せないはずである。なぜなら美は物理的特性などではなく、非常に主観的なものなのだから。

要するに、何かを論じるんだったら、その前に自分の価値観および立ち位置を洗いざらいだしておけよ、ということだと思う。音楽について、歴史について、善悪について、美について語ることは、まさに自分をさらけ出す行為に他ならない。単に演奏会に言ってきた感想を並べ立てるだけだったら、これもその手のブログから新聞の批評欄までゴマンとある。今更そんな単なる個人的な日記や木組みの街並み紹介しますよ、では屋上屋を架すようなものだ。

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[Semperoper in Dresden 2008 © DFS All Rights Reserved]

では、自分がわざわざ自らの考えてきたことや体験を文章化して人様にさらす理由は何なのか?考え抜いた揚句行き着いた答えはこうだ。

「様々な変化の波にさらされる現代において、あえて古いものに固執し、そこに現代的意義を見出して「現代」の常識に批判的に対峙してゆくこと」である。
by fachwerkstrasse | 2010-09-24 01:23 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (7) - 真実の自己を求めて -

そして、こうした街並みや人々の生活、食べ物などを実際に自分の五感をフル稼働して体験し味わったことで、今ドイツ文学の作品を読むと、まるで違ったもののように思えてくる。バッハが生きていた土地を訪ね歩いた後では、その音楽も自分の中では、今やまったく違う響きとなっている。

(バッハが宮廷楽長として奉職したケーテンの街)
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[Köthen, Magdeburgerstraße 2007 © DFS All Rights Reserved]

だから、いかに様々な理論が発達し、作者や読者のあり方について、批判的な見解がどれほど上梓されようとも、自分にとって芸術とは、これらの歴史の中で生み出されたものであり、作品が生み出された当時とは価値観も習慣もまるで異なる現代に生きる我々であろうとも、歴史に敬意を表して、できる限りその現場にたって、同じ景色を見て、同じ空気を吸って、様々な音を聴いて、その時代を追想しながら自らの五感と渾然一体となって「感覚」として吸収して自分のものにし、書籍や現代の技術によって得られる情報によって肉付けしながら、知識と感覚を合致させてゆくことで、はじめて理解できるものなのである。それはまさに真実の自己を探求する旅、「内面への道 Weg nach Innen」であった。

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[Morgenrot zwischen Wechmar und Seebergen 2007 © DFS All Rights Reserved]

ドイツに住んで、はや5年。ドイツ語を学び始めて、はや12年。音楽について考え出して、はや10年。まるで空白のようだった10代の時間を取り戻そうとするかのように、なにかに突き動かされるように、自分でもそれがなぜなのか、いまいち把握しきれないまま、ここまで突っ走ってきた。その分失ったものもたくさんあった。

(自分にとって、この「道」の原点ともなった場所)
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[野尻湖 2004 © DFS All Rights Reserved]

でも今、これまで無我夢中でやってきたことが、着実に蓄積されて、新たにその先が見えようとしている。そして改めて原点に立ち返り、さらに豊饒な世界が広がっていると実感できる。なにかについて意見を述べたり論じようとしても、できなかった。今でもそうなのだけど、かつてはあまりにも物を知らなすぎた。それはまさに、霧の中を彷徨うが如くであった。  

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[Universität Erfurt 2006 © DFS All Rights Reserved]        

真夏の太陽が照りつける石畳の道を汗をかきながら歩き、石造りの教会に入って、嘘のような涼しさに身を委ねるあの感覚、あるいは木陰で涼む、また日本人にとっては質素に思える食事の描写が、現代でもなんら変わる事のない、普通の食事であること、そして歴史を重ねた木組みの家や、内部の小さな部屋、きしむ床、外の景色がゆがんで見える窓ガラス、そして優しく体を包むような、田舎でしか食卓に供されることのないあのすっきりとした白ワインの味わい… これらを自分のものとしていない限り、文学作品を、また音楽をも正しく理解することはできない、あえて自分はこう断言したい。そして、それをより確かなものにしていくためにも、これからさらに旅を続けることだろう。

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[Hirschhorn am Neckar, Hauptstraße 2010 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-09-23 03:14 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (6) - 木組み街道との出会い -

そもそものきっかけは、これまでに滞在してきた地域で学生証を使いきろうとしたことだった。(ドイツの大学に学籍登録すると、近郊地域の公共交通機関が乗り放題になる学生定期学生証にプリントされてついてくるか、安価で購入できる)

そんなことでもなければ、およそ訪ねる機会のないような田舎町に繰り出したのである。

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[Manebach im Thüringer Wald 2007 © DFS All Rights Reserved]

テューリンゲンにいた時には、J.S.バッハ(およびその一族)の足跡を訪ねて、またゲーテをはじめとするドイツ古典主義文化の重要な舞台となった場所が、今でも当時のまま残っているため、それをこの目で確かめることも狙いだった。

下の写真は、バッハが教会専属のオルガニストとして最初に就職したアルンシュタット市の市庁舎前広場に立つ若きバッハの像。 まさにこの広場で、新進気鋭の音楽教師ヨハン・セバスティアン・バッハ氏は、自ら率いる教会付属聖歌隊の隊員であるファゴット吹きの男から喧嘩を売られたのだった。この男、昼間に先生からボロクソに叱り飛ばされたことに逆切れしてかかったのだが、未来の大先生も負けじと、剣を引き抜き応戦。あわや決闘騒ぎとなった。才気溢れる新米先生の方が年下だったこともあり、田舎町の聖歌隊とはウマが合わなかったらしい。
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[Arnstadt, Bachdenkmal auf dem Markt 2007 © DFS All Rights Reserved]

(ワイマールの国民劇場前に立つゲーテとシラーの像。ドイツを象徴するあまりにも有名な構図だ)
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[Weimar, Theaterplatz mit Goethe-Schiller-Denkmal 2009 © DFS All Rights Reserved]


それからヘッセンに移って、はじめてこの木組み街道の存在を知り、それをもとに、電車やバスを乗り継いで、様々な街を実際に自分の目で確かめてきた。このようにして、幼少の頃から親しんできた歴史や古典文化の「現場」を見る旅を続けてきたわけだが、いつしかそれは、自分の中で「生きたドイツ文化研究」となっていった。自らの見聞が、それ以前に自分が学んできた音楽、文学、哲学、宗教などの知識と共鳴し合うようになり、いきいきと血の通った体験へと変化してゆくのである。

したがって、木組みの家の紹介にとどまらず、広く文化や歴史と伝統の探求についても、ここでまとめていくことになるだろう。自分にとっては、音楽や古典文化を探る旅と同様に、こうした木組みの家を訪ね歩く旅もまた、文化の源泉に迫る大切な勉強の一つなのだ。

(中部ヘッセンの木組み街道の街ヴェッツラー。『若きウェルテルの悩み』の舞台となった街である)
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[Wetzlar, Eisenmarkt 2007 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-09-22 01:12 | なぜ木組み街道?

なぜ「木組み街道?」 (5) - 象徴としての木組み建築 -

だからこそかえって、この街道に点在する木組みの家というのは、典型的かつ(批判を承知であえて言うと)純粋で素朴なドイツ文化の象徴的な存在と言える。しかし同時にまた、各地方の木組みの家を比較することで、その地方色も把握することができるのである。同じ木組みの家でも、北ドイツ中部ヘッセンチューリンゲン、そして黒い森地方とでは、色合いから装飾に至るまで実に異なる。

(ブレーメン旧市街の、かつて職人街だったシュノーア地区の木組みの家)

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[das Bremer Schnoorviertel 2009 © DFS All Rights Reserved]
※ いつか北の木組み街道を訪れたら、写真を交換します。さしあたりこれは急場しのぎで… 
今は本文中のリンクをご参照ください。

木組み街道は、実は日本人に人気の観光ルートであるロマンティック街道とほとんどかぶっていない。たいていの日本人が目にするドイツの姿は実はごく一部の例外的なもの、といえるのである。例えばドイツ南部、特に南西部にかけては、フランスの影響を受けて洗練された優雅な宮廷文化が花開いたのだが、それも中部ヘッセンの素朴な街並みと比較することで、その差がよりはっきりとわかるようになる。


(プファルツ選帝侯の夏の離宮で有名な、城下町として発展したシュヴェッツィンゲンの中心部。
ハイデルベルクと同様にフランス風のバロック様式の建築で彩られている)
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[Schwetzinger Schlossplatz 2010 © DFS All Rights Reserved]


このブログ開設の時点で、実はこの木組み街道に属する98もの街の半分も見れていない。いくつかの街は公共交通機関で辿り着くのにとても難儀する場所にある。実際この街道は車で周遊することを前提としているため、バスが2時間に一本とかそんなことはお構いなしだ。

(バスもコーヒーブレーク)
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[Bus vor dem Bf Dresden-Neustadt 2006 © DFS All Rights Reserved]

それに一度路線バスで、まさにこの街道に沿って移動した時に気付いたことだが、この街道に指定されているルートには、登録されている街だけではなく、その間の農村地帯のようなところにも古びた木組みの家が点在していて、とてものどかな風景を作り出している。だからこれは、街の中で育まれてきた建築だけではなく、街道全体を見て回ることに意義があるのだ。今はまだそこまでの余裕ある旅はとても無理だが、老後の楽しみに、これらのルートをもう一度巡ってみるというのも悪くはないだろう。

(街道沿いの小さな村にあった薬局)
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[Gensungen Bahnhofstraße 2009 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-09-21 01:22 | なぜ木組み街道?