まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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カテゴリ:雑感( 8 )

ドイツ『週刊経済』誌 編集長 Roland Tichy氏のメッセージ

Katastrophe in Japan  Liebe japanische Freunde,

親愛なる日本の皆様へ、

この場をお借りしまして、被災者やそのご友人、ご家族やご親戚の方々、ならびに在独邦人の皆様にもお悔やみを申し上げます。また、この百年に一度と言われる大災害に対するドイツの世論の反応を大変恥ずべきものと考えています。何十万もの人々が家を失い、雪と寒さの中で行方不明の方々に思いを馳せては悲しみに暮れ、また数百万もの日本の方々が放射線の危害に怯えて暮らしています。

ひるがえってドイツはといえば、政府が非常事態を宣言しているのです。しかし非常事態なのはむしろドイツ人の頭の中ではないでしょうか?ヨウ素剤や放射能測定器を買いに走る人がいるかと思えば、テレビではぬくぬくと暮らしている視聴者に向かって、まるでこの世の終わりであるかのように煽りたてています。しかし実際に災害現場で起こっていることを考えると、これらは馬鹿にしているとしか映りません。

いやらしいことに政治家たちはこの迫りくる核災害をいいことに、党利党略に走っています。同じドイツ人として日本の皆様に申し訳なく思いますが、同盟90/緑の党のクラウディア・ロート党首は、デモ行進の人達の列でわめき散らし、次の選挙には勝ったも同然と内心ほくそ笑んでることでしょう。しかしそれはまだ行方不明のままの犠牲者を冒涜する行為であり、被災者の方々のことがすっぽりと頭から抜け落ちているのです。

また、日本の首相から直接情報が上がってこないといって苦言を呈していた大臣がおりました。これについても申し訳なく思います。これだけドイツの世論が敏感になっているのに日本政府が構っている余裕があるとでも思っているのでしょうか。さらにこうしたドイツの恥ずべき姿に拍車をかけたのが日本に向かった救助隊でした。成田空港で迎えが来なかったといって、すぐに引き返してしまったのです。所詮は同情ではなく旅行気分だったのでしょう。メディアも憶測と事実を混同し、はなから「チェルノブイリの再来」を吹聴しています。同業者として恥ずかしく思います。こうしてドイツはパニックに陥り、同情し痛みを分かち合い、被災者の方々のお気持ちに配慮することができなくなってしまっているのです。

日本の皆様の冷静沈着さにはつくづく驚かされます。そうかと思えばドイツ国内では狂ったように騒ぎ立てるばかりで、お恥ずかしい限りです。ドイツ人の振る舞いは、まるでしつけの行き届いていない子供の様で、わがままで自己中心的で、はっきりいって無慈悲です。

しかしドイツにはそうでない人達がいることも、どうか忘れないで下さい。彼らは沈黙し、想像を絶する痛ましい光景に心を動かされているのです。そして原発の技術者や自衛隊員の方々が我が身を省みず、最悪の事態を食い止めるため、自らの健康やいのちを危険にさらしているその姿勢を目の当たりにして、深い敬意の念を抱いているのです。

私達は日本の皆様と心を一つにし、上から目線で語ったり、自分達が正しいなどと言うつもりもありません。まして自然災害にどう立ち向かうべきか教えてやろうなどとは夢にも思いません。皆様とともに謹んで哀悼の意を表したいと思います。

ドイツ・Wirtschaftswoche誌 編集長 Roland Tichyより

追記

3月28日付の同誌13号にて、私の翻訳のことが読者投稿欄で取り上げられました。
Tichy編集長ならびに「週刊経済」誌に、この場をお借りいたしまして、厚く御礼申し上げます。
また、ブログを訪れて下さった何千人もの方々にも御礼を申し上げます。
皆様のコメントには、大変勇気づけられました。

こちらが、その最新号

Im Leserforum der Wirtschaftswoche, Ausgabe 13 am 28. 03. 2011 (Seite 121)
wurde meine Übersetzung erwähnt.
An dieser Stelle möchte ich mich nochmals bei Herrn Tichy und dem Magazin recht herzlich bedanken. Ich danke Ihnen auch, liebe tausende Besucher meines Blogs!
Ihre schöne Kommentare haben mich sehr ermutigt!


Der Link zur aktuellen Ausgabe
by fachwerkstrasse | 2011-03-20 10:00 | 雑感

ドイツに降り注ぐ放射能

前回の更新から、またまた一カ月以上が経過してしまいました。
急に仕事が入ったり、思いもがけず天気がよくなったので、旅に出たりしていて(木組み探訪の旅に出ると、更新ができなくなるのですよね。。。)執筆のための時間がまったくとれませんでした。

そして今回の東日本大震災。信じられないような出来事が次々に報道され、まずそれを自分の中で受け止めることと、正確な情報を収集することに翻弄され続けた。しかしもっとも信じられなかったのは、ドイツメディアの報道ぶりだ。震災の被害はすっかり影に隠れ、従来からアレルギーの強い原発と放射線に関する話題で持ち切り。そしてそれは視点の違いという次元を超えて、自然科学的な事実やデータ、そして常識を無視した「デマ報道」と化していった。

あまりに今回のことで失望したので、名指しで批判するが、ドイツを代表する高級紙シュピーゲルと南ドイツ新聞(こちらは特に左派の論客揃い)は、まるで日本が核に汚染されるのを願っているんじゃないかと本気で勘ぐってしまうくらい「チェルノブイリの再来」「死の灰が東京に」「あわれな現場作業員たち/彼らの命はもう長くない」「原爆から何も学ばなかった日本」といったセンセーショナルな見出しで、崩壊した原発や防護服を着た作業員の写真を、まるで映画の宣伝のようにちりばめていた。

日本でも左派や脱原発はを中心に、事実をゆがめた報道があったようだが、ドイツの場合はそれが世論の大勢を占めていたといっていい。しかもドイツ外務省は、真っ先に日本からの退避勧告を出して、ジャーナリストも引き上げていったため、現場は当然見ていない。事態の推移は他のメディアからの孫引き、そしてドイツ国内の専門家による机上の理論を引用して、徹底的に悲観的なシナリオを書きたてていた。

相手は原発と放射線であり、物理学や工学的に実態のわかっているものである。しかし、まるで怪獣が上陸したかのような騒ぎぶりで、東日本全域がすでに壊滅状態となっているという印象を、見事にドイツ国内に植え付けてくれた。私に同情の言葉をかけてくれる人たちの目は、まるで故郷を喪失した者に対する真の憐みのまなざしだった。それを観て、私は逆に彼らがメディアにだまされていることに同情の念を禁じえなかった。

しかしこれは世論の動きであり、周りにいる友人たちや、彼らがさらに周囲の人たちと語っていることによれば、たいていのドイツ人はまともにものをみていて、メディアのヒステリーぶりを批判していた。しかしそれを補って余りあるほどのデマ報道に、もう自分はこの国が心底嫌になりかけていた。これは在独邦人のほとんどが感じた、率直な感想であろう。


しかし、そんな中に一筋の光が見えた。事態を見かねたドイツ経済史の編集長が、こうしたドイツの在り方を批判し日本に深い同情の気持ちを寄せる文章を公開したのである。

これほど心に深く訴えかけて、いろいろなわだかまりを解いてくれたドイツ語は初めてかもしれない。これまでのデマ報道には非常につらい思いをしてきたが、逆にこれを読むためにドイツ語を勉強してきたのかもしれない、と思わせる、心のこもったものだった。

さっそくそれを日本語にしてみた。その全文をここに掲載する。
by fachwerkstrasse | 2011-03-20 09:57 | 雑感

大混乱のフランクフルト空港 ①

先月分のカンタータを取り戻そうとしている間に、肝心のリアルタイムの方がまたおぼつかなくなってきたので、俗な話題を差し挟んで間を持たせることにします。しばらく変則的に、これまでの空いた日程に、実現できていなかった企画をいくつか埋め込んで行きたいと思っています。お時間があれば、左欄のカテゴリか、過去のログ、または左下の最新記事の欄は更新順になってますので、そこからご参照頂ければ幸いです。


昨年末は日本のマスコミでも取り上げられるほど、大雪で欧州の航空路線は大混乱に陥った。
自分も帰省でもろにこのあおりを食らってしまったので、記念にしたためておこうと思う。
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______[Frankfurt Flughafen Terminal 1 2010 © DFS All Rights Reserved]_____


フライトは12月21日。前週までは降雪も積雪量もかなりものになっていたので、不安になっていたが、
出発当日は雨になっていた。これなら、離着陸は問題ないはず。。。と、安心していたのが甘かった。

確かに天候と離着陸そのものは問題ないのだが、前日までの路線網の混乱のあおりを食らって
出発ロビーは辺り一面人、人、人。クリスマス前という、ただでさえ人手の多い時期なのも痛い。

ルフトハンザのカウンターがあるAターミナルは、一応列と思しきものがあるが、はて最後尾はどこだ?
…と辿ってゆけども、ゆけどもない。途中で交通整理のおっちゃん、おばちゃんに「ルフトなんだけど」
って言っても「ハイ、最後尾はもっとあちらねー」と、2度ばかり言われる始末。

こりゃ出発時刻に間に合わねーな、と思ったので、とりあえず自動チェックイン機でチケットだけはゲットする。
チェックインした客を置いていくことはしないだろう。(・・・と言う確信も甘かったわけだが。。。)

途中で道がふさがれ、チケット持った人のみ前に進めるように通航制限をかけだした。
もうみんな「俺はどこに行けばいいんだ?」と、混乱状態。
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______[Frankfurt Flughafen Terminal 1 2010 © DFS All Rights Reserved]_____

ようやっとたどり着いた最後尾は、なんとCターミナル。

思ったよりは前進していくけれども、少なくとも予定登場時刻にはまず絶対に間に合わない。ふと出発案内を
みると、離陸時刻が45分伸びている。やはりこの混雑では、搭乗客をさばき切れていないのだろう。

無料のお水・ジュース・パン・お菓子のケータリングサービスも出ている。
確かに、これだけの身動き取れない状況では、体の具合にも影響してくるだろう。
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______[Frankfurt Flughafen Terminal 1 2010 © DFS All Rights Reserved]_____
by fachwerkstrasse | 2011-02-12 22:46 | 雑感

ブログ再開

一カ月以上間をおいてしまう結果となりました。個人的な事情が重なり、とても記事を書ける状態にはなかったのです。何人かの方にはご心配をおかけいたしまして、すみませんでした。まったく更新されない中、1000人近くの方にご訪問頂いていたようで、心苦しい限り。しかし今日から再開したいと思います。

年明けから鬱々としていた気持ちを打破すべく、先日フランクフルト歌劇場の、新演出トスカを見てきました。なにせ指揮がキリル・ペトレンコ!ただ、これは期待しすぎたのが仇になって、決して完全に満足というわけではありませんでした。演出も、簡素で現代性を意識した今回の舞台装置よりも、前回の方が僕は好感がもてました。なんといっても、このオペラ、やっぱり最後にトスカが本当に飛び降りないとだめでしょう(笑)

フランクフルト2002年バージョンは、舞台空間をふるに活用した立体的な舞台装置で、最後に追い詰められたトスカが本当に飛び降りていくのに、新演出では、舞台上をあたふた駆け回るトスカの上から赤い布がひらひら降りてきて、トスカを隠しておしまい!という。しかし、実際に歌手が舞台装置から飛び降りるのと、下手な小細工でごまかすのとでは、最後のフォルティシッシモ(fff)の映えがまったく違う。あれは現代的か擬古典的演出かに関わらず、歌手には落ちてもらわないと困る!

______フランクフルトの旧オペラ座。戦後の再建で内部は現代風のコンサートホール______
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________[Alte Oper Frankfurt 2011 © DFS All Rights Reserved]_________

また、フランクフルト歌劇場(管弦楽団:舞台に立つ時はMuseumsorchesterと名乗る)の早くも今年の目玉となる、フランツ・シュミットの「7つの封印の書」を聴いてきました。巨大なオーケストレーションと、伝統的かつ作曲者独自の語法を極限まで探求した複雑怪奇な和声と書法をフルに生かした、それこそまさに「この世の終末と救済」を肌で感じてきました。これも、近々詳しく取り上げたいと思います。現音楽監督のセバスティアン・ヴァイグレは、意識的にドイツものを取り上げているようなので、これからも目が離せません。

というわけで、いろいろと書きためている題材もいろいろとありますし、本来ならこうしている間にも書き続けなければならないものもたくさんありますので、まとめてがんばっていきたいと思います。どうぞよろしく!
by fachwerkstrasse | 2011-02-11 10:01 | 雑感

専門用語との格闘

前回のEngelgasse 2の建物は、かなりの難関だった。

木造建築の部材名やらがてんこもりの説明を読んで、まず訳語を特定する、独和大辞典になくとも、グリムの辞書にあればまだ御の字で、それでもだめなら、ドイツ語をまず英語にし(独英ないし日英ならネット上にもそこそこ使えるツールはあるものだ)そこから日本語を導き出す。

それもだめなら、グーグルでその言葉を検索し、実際にどのように使われているのかを比較検討して、今度は再度日本語で、それと思しきキーワードで検索をかけて、少しづつその意味するところに近づいていき、お目当ての物を発掘してゆく、という気の遠くなるような作業。

時たま、ウィキペディアが思わぬ役に立つこともある。ウィキペディアは、決して全幅の信頼を置いて使ってはいけないツールだが、一つの項目に各国語へのリンクがあるのは、非常にありがたい。これのおかげで、上記のまどろっこしいプロセスが一気に軽減される。もちろん、最後にはきちんと各々を確認しなくてはならないが、まずはその「入口」にたどり着くのが至難の業なので、そこを今はやすやすと飛び越えられるのは、なんともありがたい。しかし決して体系的にまとめられたツールではなく、不完全な項目もかなりあるのが、仇になることもある。こうなると一気に袋小路だ。
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________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________

これはお金をもらっている翻訳でも同じことで、技術系、工業系の場合、どちらも日常使わない言葉を使用していて、その中で各々の世界が完結してしまっており、ましてそういう情報源の場合、外国語との接点なんてないに等しいので、双方の実例をそれぞれ見ながら、該当するものを双方の中で探り出していかないといけない。

米原真理氏も著書で述べておられたが、英日の通訳者が、なまじっか辞書・事典・情報データバンクが整っているために、たいていの場合単なる言葉の置き換えだけで済んでしまうのに対し、それ以外の言語の通訳者の場合は、上に述べたような作業、つまり実際にそれぞれの言語での説明書や図面と格闘することでしか訳語を特定することができないので、結果的に対象となる分野なり商品なりを「勉強」することになる。

そのため、英日通訳者が訳語を口にすることはできても「内容を真に理解はしていない」ということが、
実際に起こるのだそうだ。言葉を置き換えることはできても、機能や役割などはわからないのである。

(米原真理 (2007)「ガセネッタ・シモネッタ」文春文庫 11版 pp. 152-156)

自分の場合、もし取り上げていたのがアメリカかイギリスの伝統建築で、英語の説明を頼りにしていたのだったら、おそらくそのまま字面通り訳して、はいおしまい!だっただろう。建築工法や装飾を具体的に理解するところまではいっていないはずだ。

まずなんとか訳語を特定できても、それが写真と照合してもどこのことやら、まるでわからない。こんなに気持ちの悪いことはない。あちこち見比べて、写真を拡大したりして、でも分からない時には本当に分からない。まるで見当がつかないので、これはひょっとして外からは見えない内部のことを言っているのかしらん?とも思ったりした。(結果的にそれは間違いで、どの説明もすべて外から見てちゃんとわかるものでした)

________初秋のヴェッツラーの街並みを、ラーン川の橋より眺める________
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_______[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2007 © DFS All Rights Reserved]_______

それが、まるで時間がきてトーストがチーン!と焼けたように、ある瞬間に突然ゼロから百へと理解度が飛躍するのだから、不思議なものだ。しかも、ひとつわかると、芋づる式に、以前の記事でも保留にしていたところがわかったりもして、もうこの瞬間には、一気に使えていたものが取れた気分で、実にすがすがしい。

ここ数日このことばかり考えあぐねていて、睡眠にまで影響を及ぼしつつあったが、今はすっかり爽快な気分だ。おかげさまで、今回もこの気の遠くなるような作業を通じて、存分に勉強さしてもらいました。

そして、内容を理解できない限り、決してこなれた日本語にはできない。改めてそのことを痛感する。それでなくても、文法も発想も何もかもが異なる言語間では、ただ単にに主語述語をはじめとする構文や目的語、関係詞節や副文との関連をそのまま置き換えたのでは、まるで意味不明な表現になってしまう。

そのため、翻訳者が内容を理解した上で、その内容を今度は自分の言葉で表現しなおさないといけない。日本語がこなれていないのは、それは訳者が理解できていない証拠でもある。逆に、自分が理解したことをわかりやすく表現できたならば、それはたとえ原文から離れていたとしても、決して誤訳ではないのだ(学校の古典的な英文和訳の課題は別だが)

そういうわけで、理解度をさらに高めるべく、前回の記事を中心に、15、14、12の記事でも、部材を特定した写真を挿入し、わかりやすくしました。以前の記事もご参照いただければ幸いです。

______________秋、霧に包まれたラーン川と橋______________
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_______[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2010 © DFS All Rights Reserved]_______
by fachwerkstrasse | 2010-11-25 23:57 | 雑感

お礼 @ 訪問者2000人

9月頭にブログを開設してから、訪問者が2000人を突破いたしました。ありがとうございます!
ぜんぜんコメントがつかずに、ちょっと寂しいのですが(笑)
こんなオタクブログに、毎日訪れて下さる人がいらっしゃることには、感謝感謝です。

__________雪のヴェッツラーの街並み ラーン川にかかる橋からの眺め_________
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_______[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2009 © DFS All Rights Reserved]_______


個人的には、木造建築技術や専門用語について、勉強しながら書いているのが、とても楽しいです。
実は、ちょうどヴェッツラーについて書こうと思い、もともと最初は一つだけ、分からなかった部材の
名前を調べているうちに、ヘッセン州の文化財保護庁の検索エンジンにたどり着きました。

州内の地域、町名を選択し、通りの名前ないし住所を入れると、そこの建造物の情報が出てきます。ここに
ヘッセン州の文化財保護に指定されている物件が全て登録され、建築様式や歴史などの詳細も記されています。

これに出会ったが運のつき。最初はこれを翻訳する形で格闘していましたが、何度か訳しつつ、写真と見比べてその説明がどの個所を指しているのかなどが、少しづつわかるようなってくると、自分の言葉でわかりやすく表現しなおすことができるようになってきました。(お気づきかもしれませんが、後からちょこちょこと修正しています)

________________夕暮れ時の橋の上__________________
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________[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2009 © DFS All Rights Reserved]______

しかも、重要建築物とは知らずに素通りしていた建物もかなりあり、たまたまついでに撮っていた
写真に収まっていたものをアップするしかなかったりと、かなり苦し紛れなところもありました。

けれど、この作業を通じて、今までは漫然と眺めていただけの木組み建築の、細かい部分まで理解しながら観察できるようになり、部材の組み合わせなど、一見何もないように見えるところにも、実はきちんと意味があるのだということがわかるようになってきました。

木造建築の専門用語や工法についても、いずれまとめていきたいと思っています。

これはまったくのお門外漢である建築に精通する、とても良い機会であり、しかも思い起こせば、これこそが
このブログを始めようと思い立った、そもそもの動機なわけですから、これからも地道に記事を執筆して
木組みの家の勉強をしていければと思います。

________________ラーン川の流れと橋_________________
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________[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2010 © DFS All Rights Reserved]______

木組み建築以外の話題も、ちょこちょことはさんで、盛りだくさんの内容にしていけたらと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。

ドイツ・ハイデルベルクにて
宇野将史
by fachwerkstrasse | 2010-11-17 05:54 | 雑感

袖すりあうも・・・

半年ほど前のこと、メンザで食事をしていたら、斜め向かいに
晩年のロナルド・レーガンにちょっと似た風貌のご老人が座った。

ハイデルベルク大学の学生食堂。手前のU字型の建物がそうで、かつては王室の厩舎だった建物だ。
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______[Heidelberg Mensa Marstall 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

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ちなみに、奥の灰色の建物には考古学部が入っている。
昔はもっときれいな建物が建っていたようだが、古い街並みを
誇るこの街でも、ところどころ、こういう無粋な鉄筋コンクリートに
置き換わってしまっているのが悔しい。


_____________[Heidelberg-Panorama, Matthäus Merian, 1620 (Ausschnitt)]

Guten Appetit (日本語のいただきます、と違って、食事をする際に互いに「おいしく召し上がれ」とかける言葉) からはじまり「学生さん?」とか、いろいろ話しかけてきた。日独英の通訳を勉強しているというと「むかし日本にいったことがあるよ、ただし1週間だけだけど」といって、身の上話をたくさんしてくれた。

隣町 Ludwigshafen にある化学企業BASFの営業を長く勤めて、その時は三菱と取引をしたらしい。梱包に使う技術みたいなことを話していたが、これはよくわからなかった。ただでさえ専門的な内容な上に、今はもう長らく使われてない技術らしい。四日市と東京にいって、東京では築地の魚市場をみたり、芸者パーティやフィリピン人パブに連れてってもらったり(笑)古き良き時代の日本式ビジネスを堪能した様子。

日本語で「はい」というのは、あれは Ja のことかね?印象的だったのは、日本人のビジネスマンは、みんな上司の言うことに、直立不動でひたすら「はい」「はい」だよ。日本人は常に集団で行動しないといけないみたいだね。ドイツ人は違う。営業や出張にしたって、たいてい一人だ、時には2人で行く時もあるけど、めったにないね。僕自身、個人主義者さ。自分で考えて決めて行動したいもんだね。「そう、日本人はぜんぶ肯定しないといけない、そうでないと生きていけないんですよ」 僕はそう答えた。

あとは、オーストラリアやオランダとか、いろんなところにいった。日本よりも、もっと長くいたよ。オランダでは言葉も勉強した。確かにドイツ語と似てるけど、でも実際に使うとなると、ほとんどぜんぶ新たに学ばなければいけないから、なかなか大変だったけどね。

_________________秋、紅葉のハイリゲンベルク_______________
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_______[Heidelberg Neckaerstaden 2010 © DFS All Rights Reserved]______

そうして、家族の話など、食事が終わっても30分ほどいろいろ話をしていた。ひとしきり話したあと、その個人主義者の老人は、まずオランダ語の別れのあいさつを教えてくれた後、突然食器を片づけ始め、立ちあがり、リュックを背負いながら、「日本語で Auf Wiedersehen は何だっけ?」と言って、僕が答える前にニヤッと笑って「サヨナラ」と言い、風のように去って行った。
by fachwerkstrasse | 2010-11-16 20:21 | 雑感

お礼

ブログ開設から一ヵ月半で、訪問者数が1000人を突破しました!ありがとうございます!!

(フラグカウンタを後から取り付けたので、実際には先週あたりで1000人の方にお越し頂いている可能性大ですが)

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________[Wetzlar Kornmarkt 2009 © DFS All Rights Reserved]________

記事の中には、以前から書きためていたものもあり、毎日それを切り貼り載せていけばいいや…と最初は簡単に考えていたのですが、実際にここのフォームにのせてみると、いろいろと気付いたことや、間違いもあり、それを直しながら完成形にしていくのは、容易なことではありませんでした。

写真を含めたレイアウトなども、実際にアップロードしてみないと、どうすれば見やすくなるのかがわかりませんから、ここも慣れるまで大変でした。

改めて見直してみると、見づらい個所があったり、もっとわかりやすい写真が実はあったりしたので
あとからでも修正できるというブログの利点を活用して 特にヴェッツラーの記事を大幅に加筆訂正・また他にもレイアウト修正を施しました。(目下まだ改装工事中)改めてご覧いただければ幸いです。

けれど、こうやって文章として形作っていくことで、これまであやふやだった部分もきちんと確認することができ、自分の見聞きしてきたものが改めて自分の中にしっかりと根付いていくのがわかります。(というか、もういろいろなテーマが溜まりに溜まっていたので…)

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_________[Wetzlar Lahninsel 2010 © DFS All Rights Reserved]______________

また、自分に正直に書いている部分もあるので、ひょっとしたらショックを受けられることもあるかもしれません。いい年して、まだまだ生意気盛りなところもあるので、そこはどうか大目に見てやって下さい。もちろん、異論や反論、疑問や質問etc.は、いつでも大歓迎ですので、ご遠慮なくコメント欄をご活用下さい。

まだいろいろと試行錯誤の段階ですが、これからも歴史や文化に対するまなざしを広げてゆきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2010年10月24日

ドイツ・ハイデルベルクにて

宇野将史
by fachwerkstrasse | 2010-10-24 21:00 | 雑感