まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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カテゴリ:ドイツ木組みの家街道( 16 )

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-22 -

こちらの大きな4階建ての大きな木組みの「金星亭」は1700年にロッテ通りとの角に建てられた。
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______[Wetzlar Schmiedgasse 8 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

地上階の部分は20世紀に大幅に改築がほどこされている。
2階と3階はそれぞれシンプルな木組み構造で、装飾は2階部分の紋章のみである。
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______[Wetzlar Schmiedgasse 8 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

2階から上の部分は階層ごとに若干せり出していて、枕材には刳形が用いられている。

最上階はスレート葺きで、窓の高さや平面な屋根の形からもわかるとおり、19世紀に増築されたものだ。
by fachwerkstrasse | 2011-01-27 09:33 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-21 -

では、穀物広場から大聖堂や帝国裁判所のある街の中心部へ向かってみよう。

鍛冶屋横町に並び立つ建物は、ほとんどが17世紀の大火事の後に
再建されたものだが、いくつか立派な木組みの家が目を引く。

例えばここの7番地。4階建て平入りの木組み建築で大火事の直後1688年に建てられた。
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_______[Wetzlar Schmiedgasse 7 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

4本柱の建物で17世紀後半の典型的な密で規則的な木組み構造である。
まず左右両端をみると、斜めの支柱が建物の角にあたる両脇の支柱の4分の3のところで接している。
そして2階の胸壁部分にはルネサンスからバロックにかけてよくみられる紋章が2つとりつけらている。
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_______[Wetzlar Schmiedgasse 7 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

階層ごとに溝目模様の装飾が施された敷桁と枕材で区切られ、そこから各階ごとに若干せり出している。
18世紀に後づけされた花輪模様のついた雨樋の蛇腹には歯状装飾が施されている。
18世紀後半には、さらに平坦な切妻屋根と壮観な切妻蛇腹のついた屋根裏部屋が増築された。また、
写真には映っていないが、一階部分は20世紀に何度か改修されているので、建築当時のままでではない。
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_______[Wetzlar Schmiedgasse 7 2009 © DFS All Rights Reserved]_______
by fachwerkstrasse | 2011-01-21 10:05 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑲ -

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ところで、前回の写真は2007年にとったもの。


それから一年半後に行った時には、
こんな姿になっていた。





今年再度訪ねた折には、またカバーが掛かっていたが、そこから透けて見える限りでは、かなり修復が進んでいるようで、元のきれいな木組みの表面が顔をのぞかせていた。以前は塗装がはげ落ち、煤けて黒ずんでいたが、今回の修復で色鮮やかに塗りなおされたようだ。



______________[Wetzlar Schmiedgasse 1 2009 © DFS All Rights Reserved]

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_______[Wetzlar Schmiedgasse 1 2010 © DFS All Rights Reserved]_______


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おまけに上の部屋が売りに出されていた。

一人暮らしや新婚カップル向けに、
素敵な歴史建築はいかが?てな具合だ。

ゲーテの叔母も、ちゃっかり宣伝材料に。

こういう街を歩いていると、意外と多くの
古い家が売りに出されている。

しかしこういう家並みは外から眺めるに限る。
自分では、絶対に住もうとは思わない。

保護文化財に指定されている不動産は
管理が大変で、ちょっとした電気や電話の
配線や改築ひとつとっても、いちいち役所に
お伺いを立てないといけないらしい。

自分の様なズボラな人間には
絶対に向かないだろう。

それこそ燃やしてしまいそうだ。。。

______________[Wetzlar Schmiedgasse 1 2007 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-12-09 22:45 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑱ -

さて、コルンマルクト(穀物広場)を離れる前に、もうひとつ見ておかなくてはならない建物がある。

穀物広場からドーム広場へと抜ける通り道の鍛冶屋横町(Schmiedgasse)の角地に立つ1番地。
17世紀後半の築造で、写真の一番左の建物がそれだ。。
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_______[Wetzlar Schmiedgasse 1 2007 © DFS All Rights Reserved]_______

1階部分は、19世紀後半に改装されて、ショーウィンドーが据え付けられている。
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_______[Wetzlar Schmiedgasse 1 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

穀物広場に面した妻入りの建物には、街並みの景観を考えて趣向を凝らし潤沢に装飾が施されている。
特に目を引くのは、穀物広場に向いた角の部分だ。2階と3階の部分に、それぞれ彩色された柱がある。

2階部分には、渦巻き模様の土台から、月桂樹の蔓が絡んだ渦巻き模様の柱が、木の葉模様の柱頭に
向かって伸びている。一方、3階部分の柱はブドウの蔦に彩られている。同様に土台部分には渦巻きの
模様が施されているが、柱頭部分は獅子の頭になっている。

__________(3階の柱)______________(2階の柱)__________
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______[Wetzlar Schmiedgasse 1 2009 © DFS All Rights Reserved]________


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また一方で、鍛冶屋横町に沿って奥行きもかなりあるが、
これは18世紀前半に、元々二つ別々の建物だったのを、
鍛冶屋横町側の横長の切妻で一つにまとめたためである。



さらに二つの大きな、切妻の屋根裏部屋もとりつけられた。



建物全体としては、二階から上の部分は規則的な太い
木組みの骨組みで構成されていて、人型が特に目につく。



腕木も浅目に張り出していて、溝目模様の入った敷桁と
枕材もある。



[Wetzlar Schmiedgasse 1 2009 © DFS All Rights Reserved]______________
by fachwerkstrasse | 2010-12-02 23:53 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑰ -

やっと書けた・・・(涙) 今回は各部材や工法の描写を特定するのに、まる一週間費やしました。
しかし分かった時の喜びもひとしお、疲れも一気に吹っ飛びました、やれやれ



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穀物広場南端を一段下ったエンゲルガッセ
(エンゼル横町)2番地の建物も実際には
穀物広場の景観のむしろメインスポットに
なっているので、ここで取り上げておこう。



こちらの3階建ての細長い家は
1607年に建てられた。


18世紀までは「太陽軒=Zur Sonne」
と呼ばれていた。


建物の所有者は、当時帝国最高裁に
勤めていたリーデゼル伯爵だった。



[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________________


リーデゼル家とは、現在のヘッセン州中部から北部にかけての貴族の家系で、最初に文献に登場するのは13世紀のこと。特に17世紀から18世紀にかけて、アドルフ・ヘルマンから、その長男で帝国最高裁で試補として勤務していたヨハン・ヴィルヘルムへと続き、さらにその息子であるカールゲオルク(1746–1819)は、法学の学位を取得し、ヴュルテンベルク大公の下で元帥ならびに侍従として仕え、1778年にヴェッツラーの帝国最高裁に移り、のちにヴュルテンベルク公国の後見裁判所の所長を務めた。


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建物の骨組みには様々な装飾が施されている。


右の写真は角の支柱の部分だが、支柱の右上に
穀物広場12番地、10番地と同様のハート形の
持ち送りがある。真ん中がハート形に刳りぬかれて
いないが、斜めの線の切れ込みは同じだ。


そこから右下に向かって、斜めに扁平な支柱をしつらえて
ある。各階ごとに、角の部分がこのように組まれている、





________________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]


そして各階ごとに、腕木が浅めに張り出している。遠目からは四角いブロック状に横に点々と並んでいる。
敷桁と枕材には、彩色され、丸く刳りぬかれた筋模様と四角い溝目模様の装飾が施されている。
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________[Wetzlar Kornmarkt 2010 © DFS All Rights Reserved]________


また特に目を引くのが、穀物広場に面した出窓部分だ。角の支柱には木の葉模様の装飾と、ひし形模様の鱗のついた結節と、渦巻き装飾に菱形の溝目模様の付いたフリーズに彩られ、さらにブドウの蔓に縁どられている。窓の下の胸壁の部分には、右側に薪架の装飾があり、外側にでっぱりがあって、内側はハート形に刳りぬかれている。そして左側には、様式化された円盤状の太陽が描かれている。
薪架については、こちらの記事を参照。
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________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________


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さらに真ん中の脚柱には
神聖ローマ帝国の宝珠がみられる。


後にはこの帝国宝珠が建物の名前になった。


筆者の推測だが、おそらく帝国最高裁に
関係していたことで、一種の愛国心から
この宝珠を取り付けたのではないだろうか。






________________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]


19世紀に入ると、この建物ではビール醸造所兼居酒屋が営業していた。1981年に修復が施され
現在の赤い骨組みのまばゆい姿に生まれ変わった。1974年の写真がこちらにあります。
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________[Wetzlar Kornmarkt 2009 © DFS All Rights Reserved]________
by fachwerkstrasse | 2010-11-24 23:57 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑯ -

おっと、広場の隅にあるものだから、テラスを降りたところの角にある最後の一軒を見逃すところだった!

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________[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]_______

穀物広場の階段を下りて、広場から見て向こう側、西に向かって延びているアーベルガッセ
(アベル横町)との角にあたる15番地に立つ3階建てのこちらの真っ黒な建物は、中世後期に遡る。

建物の上下で漆喰塗の壁とスレート葺きの壁とに分かれているのが特徴だ。

前面ファサードは簡素なつくりで、2階から上の部分では持ち送りが若干せり出している。
窓の配置は階層ごとに不均衡で、2階の真ん中部分には四角い出窓が心持ち張り出している。

穀物広場は北から南へ向けて傾斜しており、この建物がもっとも低い位置にあるが、切妻の高さは
広場の他の建物と揃えられている。建物の右側に屋根がずれていて、高い切妻造の屋根裏部屋もある。

アベル横町から建物を眺めると、階層毎に大きさが違い、せり出している。これも建造年代が古い証拠だ。
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________[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]_______

特に最近になって建て直された奥の2件の建物と比べると、新しい建築物には、古い建物特有の「ゆがみ」がない。ファサードのラインも縦一直線まっすぐきれいに整っている。こればかりは古い工法が年月を経た上でないと出せない「味」なのだ。どんなに古い様式を真似して建て直しても、それはミミックでしかない。
by fachwerkstrasse | 2010-11-15 22:58 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑮ -

最後に、鍛冶屋横町との角地にある、赤い骨組みの壮麗な木組み建築をみてみよう。前述の通り、1687年
の大火事でこの一帯は更地になってしまい、17世紀末に、現在の壮観な木組み建築が建造された。
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________[Wetzlar Kornmarkt 12 2007 © DFS All Rights Reserved]________

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角地の12番地に建つ家は、実は3つの建物からなっている。

上の写真左手の奥の方、鍛冶屋横町に面している方の
建物は、シンプルな作りの木組み建築。




そして上の写真左側の角地の部分では、右の写真にあるように

角の脚注を挟んで、直線の部材によるシンプルな形状の
人型の骨組み(Mannfigur)がみられる。






_______________[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]

その右の建物の3階部分には、薪架と突起部のついた支柱がみられる。
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_______[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]________

2階部分には、別の突起模様があり、くっきりとした溝目模様の入った敷桁と枕材が建物を結合している。
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_______[Wetzlar Kornmarkt 12 2010 © DFS All Rights Reserved]________

穀物広場に面した2つの建物は一枚の切妻屋根と、装飾の施されたスレート葺きで高い切妻造の屋根裏部屋とを共有している。

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________[Wetzlar Kornmarkt 12 2007 © DFS All Rights Reserved]________

ちなみに、一階(地上階)部分は「ウェルテルの喜び」というワインレストランになっている。
どこにでも、その土地の名物にあやかった商売というのはあるものだ(笑)
by fachwerkstrasse | 2010-11-13 23:55 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑭ -

次に広場の中でもとりわけ目を引く木組み建築をみてみよう。
まずは写真右側の、デュープレックスハウスになっている8番地と10番地から。
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_______[Wetzlar Kornmarkt 8 & 10 2009 © DFS All Rights Reserved]______

穀物広場西側の「鍛冶屋横町=Schmiedgasse」に連なる建物群は1687年7月の火災で焼失している。
この時に「怪鳥グライフ軒=Zum Vogel Greif」という建物も消失した。そこの敷地に、
現在の平入り4階建ての8番地の建物が10番地と12番地の建物と同時に築造されたわけである。

茶色い骨組みのこの家、外見は一軒の建物のように見えるが、日本で言うところの二世帯型の作りである。屋根裏部分のちょうど真ん中で建物が左右に分かれており、左の10番地は窓が縦2列、8番地は4列。
一階部分を見ると、それぞれ右側に玄関があるのがわかる。
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豪華な装飾が施されたバロック様式の木組みファサードが眩い。



では、建物の左右の端を見てみよう。




写真左上のハート形に刳りぬかれた持ち送りに支えられて、
左上から右下に向かって走っている扁平型の湾曲した支柱が
角の脚柱に接して、写真左下にみえる突起部のついた筋交い
に嵌合する格好で木組み構造を形成している。


このハート形の持ち送りは、検索をしてもヘッセン州でしか
見当たらず、しかも9割型がこの街の建築物であった。


おそらくこの地方独特の様式なのであろう。




_______________[Wetzlar Kornmarkt 8-10 2010 © DFS All Rights Reserved]


特に目を引くのは、2階と3階部分で左右に走っている、くっきりとした溝目模様のついた敷桁と枕材で、
間にはさらに別の板がはめ込まれており、これが8番地と10番地の二つの建物を繋ぎ止めているのである。
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_______[Wetzlar Kornmarkt 8-10 2010 © DFS All Rights Reserved]________

両方の建物でスレート葺きの切妻屋根に加え、高い切妻と半切妻の屋根裏部屋を共有している。

8番地の一階と2階(地上階と一階)部分には、最近になっておよそ不釣り合いなショーウィンドーが作られ、建物の外観が損なわれてしまっている。(写真右下、手前部分がえぐれてしまっている)
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_______[Wetzlar Kornmarkt 10-12 2007 © DFS All Rights Reserved]_______
by fachwerkstrasse | 2010-11-12 18:33 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑬ -

次に右を見やって、ローマ皇帝軒の左隣の3番地の建物(右から二つ目のグレーの建物)
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_________[Wetzlar Kornmarkt 2010 © DFS All Rights Reserved]________

穀物広場の北側に位置するこの建物も、平入り5階建ての木組み建築で、正面ファサードはスレート葺き。
18世紀末の建築で、以前にここにあった「軟骨亭(Krachbein)」という建物の基礎部分を土台に造られた。

正面の玄関扉と階段は建築当時のままだが、本来なら縦5列にきれいに窓が並んでいたところに、
一か所だけあとからショーウィンドーが作られてファサード全体のバランスが損われててしまっている。

最上階には、溝入の屋根蛇腹のついた扁平型の三角切妻の屋根裏部屋がある。

さらに左隣の1番地にある、切り出し石の防火壁も見逃せない。
背面にはゴシック様式のアーチが継ぎ足されている。
by fachwerkstrasse | 2010-11-11 23:54 | ドイツ木組みの家街道

ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑫ -

さて今度は広場の突き当たり、区画としては広場の先に延びるオーバートーア通りの18番地をみてみよう。
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_______[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

こちらの4階建ての建物もやはり平入り(住所に該当する通り、すなわち写真右側の面に玄関があるようなので、妻入りじゃないかねぇ?) 17世紀末にアルンスブルク宮廷のイエズス会系の学校をそっくりそのまま真似て築造されたらしい。一階部分(地上階)は漆喰塗りで、その上に木組み構造が密に合わさった居住スペースが2階、3階と続いている。

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写真右手ファサード面の上から2段目の中央部分を見ると、筋交いで支柱を補強し、持ち送り
とも組み合わさって、さながら人間のような形になっている。こうした形状を、その名もMann- figur=人型)といい、木組み建築の骨組みのパターンの一つである。この人型は通りに面し
たファサードの脚注、および切妻屋根の大きな屋根裏部屋部分の角の脚柱とに接している。


______________[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]


2階から上の部分では、階層ごとにわずかに段差があり、そこに腕木が若干張り出している。
これらの腕木は下半分が刳り抜かれて、人型と並んで、際立った木組模様を成している。
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_______[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]_______


ちなみに、穀物広場に面した側の3階部分に、木組みが交差している個所がある。b0206899_1416861.jpg
これは「薪架=Feuerbock」とよばれる、装飾的な木組みの一種で、もともとは
中世から近世にかけて、鎖や棒で足元の土台や架台を固定し、暖炉の前に置いて
薪を乗せるために用いられていた道具だったのだが、その形状が木組み建築の
装飾に用いられるようになり、名称もそのまま受け着いたというわけだ。
______________[Wetzlar Obertorstraße 18 2009 © DFS All Rights Reserved]
by fachwerkstrasse | 2010-11-09 23:48 | ドイツ木組みの家街道