まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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ドイツ文学初のクリスマスツリー

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アドヴェントに入って以降、ヴェッツラーの街からは
しばらく離れてしまっているが、クリスマスツリーが
初めてドイツ文学の中で言及されるのが、
実は、この「若きウェルテルの悩み」なのである。

ヴェッツラー(とは一言も書かれていないが)に
到着してから一年半後の年の暮れ。
家族ぐるみで親しく付き合っていたアルベルトと
ロッテ夫妻。いったんは街を離れた後も、
ウェルテルの思いは断ち切れず、この頃になると
もはや人格にも支障をきたし始めてくる。

そして、物語の冒頭、春の自然を満喫しながら
すでにこの時に口にしていた「肉体という牢獄」からの
解放を実現する決意を固めるのだ。



[Michelstadt Marktplatz 2010 © DFS All Rights Reserved]_______________


12月20日がこの年の第4アドヴェントということになっているが、この日付の手紙が引用される
あたりから、物語の緊張度は一気に高まる。その日の夕方、ウェルテルは再びロッテを訪れる。
ロッテは、子供たち(弟と妹達)へのプレゼントを整理しているところだった。

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現在でも、クリスマスには老若男女問わず、各人が一人一人のために贈り物をする。遠く離れていても、24日の夜には家族や親せきで集まるものなので、そのためにプレゼントを事前に用意しておかなくてはならない。相手が何をもらったら喜ぶだろうとか、かなり入念に考えて、しかも秘密裏に準備して持参しなくてはならないので、なかなか大変だ。どんなに不況でもクリスマス商戦だけは衰えることはない。持参したプレゼントは、あらかじめクリスマスツリーの下に集められる。きれいにパッキングされたプレゼントと、飾り付けられたツリーは、なかなか壮観だ。そして、夜にプレゼント交換のような形で、一人ひとりが一人ひとりに手渡す。とても心温まる瞬間だ。


_[Andersens Märchen, 1872, Ludwig Richter und Fliegende Blätter, Nr.810 & Nr.1120]


さて、冒頭の悲劇に戻ろう。すでに収拾のつかなくなった混乱状態のウェルテルから距離を取るべく、
ロッテは必死にふるまっているのだがウェルテルの溢れ出る感情は止まらない。

子供たちはさぞかし喜ぶだろうね、とか、自分が子供の時には、ドアを開けると目の前にろうそくやお菓子や
リンゴできれいに飾られたツリーが現れて、それはもう天にも昇るような気持ちだった、などとまくしたてる。
笑顔の下に困惑を隠しながら「もうちょっと空気を読んで下さいな」と、ロッテはぴしゃりとはねつける。

そして、木曜日のクリスマス・イブまでの間は、もう会うべきではない、と一時的な出入り禁止を言い渡す。
しかしウェルテルはこの言葉に過敏に反応し、もうあなたには会わないと、すなわち死ぬつもりであることを
あからさまにほのめかす。ついにウェルテルは絶望のどん底に陥り、蟄居した後、泣き腫らして、
翌朝(21日に)、最後の手紙をしたためる。


一方でロッテも、ウェルテルを冷たく突き放した後で、自分がどんな心境に陥っているかを自覚し、戸惑う。
しかし晩にウェルテルが約束を破って、旦那の留守に訪ねてくると、またもや激しく動揺する。
そして、ウェルテルは自ら訳したオシアンの詩を朗読する。感極まった二人は、接吻をかわし、
これが最後とロッテは最後通牒をつきける。部屋に引きこもったロッテに別れを告げて、
ウェルテルはみぞれの降る冬の夜、街の外を狂ったように駆け巡る。

翌朝22日の早朝、ウェルテルが情熱的な、ほとんど狂気の沙汰とでも言うべき、ロッテ宛の別れの手紙を
したためているのを下僕が目撃している。十一時頃、ウェルテルはアルベルトにピストルを貸してもらえるよう
頼む紙切れを使いによこす。はたして、受け取ったお目当てのものがロッテが手渡したピストルだと聞いて
ウェルテルは狂喜する。その日の夜、ウェルテルはさらに身辺整理を行って、ヴィルヘルムとアルベルト
すなわち男連中宛に別れの手紙をさらにしたためる。ここで完全に決心が着いたというべきか。

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______[aus: Dieter Borchmeyer: »DuMont Schnellkurs Goethe« 2005]______


そして22日の夜、ウェルテルはこめかみをピストルで撃ち抜く。
翌朝23日、下僕が、瀕死のウェルテルを発見。正午に息を引き取る。
夜の11時に埋葬される。アルベルトとロッテは、精神的に危機的な状況だ。

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______[Goethes Motto-Verse zur zweiten Auflage des Werther 1775]______

物語はここで終わるが、翌24日はクリスマスイブ。この日までは来てはならぬと言われていた日、
一家で子供たちとともに、幸福な日を過ごすはずだった日。それが、なんたる聖夜となったことか!

それに、最後に異様に印象的に残る「聖職者は同行しなかった」との、締めくくりの一節。
これはゲーテの汎神論ならびに教会という組織に対する反感を知らなければ、ただ葬列の様子を淡々と
描写しているに過ぎないように思える。しかしこの一節には宗教に頼らず、慣習化、形骸化したキリスト教の
手は借りずに、魂を肉体から解放し、真の自由を得たのだとする、ゲーテの熱い思いが込められている。

これを考えると、クリスマスの季節とクリスマス・ツリーという幸福の象徴と、自殺という悲劇的なモチーフの
対比が、実に効果的に行われていることがわかる。自殺をするタイミングとなる節目、そして自らの肉体だけ
でなく、本来なら人々が最も幸せな一時を過ごすはずのクリスマスをも見事に粉砕したウェルテルの自殺。
そして聖職者の手を借りずにあの世に旅だった悲劇の主人公。クリスマスを宗教的というよりは、幸福な
市民生活の枠内での慣習的なコンテクストで用いており、ウェルテルとロッテの家族にもたらした冷酷な
悲劇性をより一層高めている。
by fachwerkstrasse | 2010-12-23 23:56 | クリスマス