まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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専門用語との格闘

前回のEngelgasse 2の建物は、かなりの難関だった。

木造建築の部材名やらがてんこもりの説明を読んで、まず訳語を特定する、独和大辞典になくとも、グリムの辞書にあればまだ御の字で、それでもだめなら、ドイツ語をまず英語にし(独英ないし日英ならネット上にもそこそこ使えるツールはあるものだ)そこから日本語を導き出す。

それもだめなら、グーグルでその言葉を検索し、実際にどのように使われているのかを比較検討して、今度は再度日本語で、それと思しきキーワードで検索をかけて、少しづつその意味するところに近づいていき、お目当ての物を発掘してゆく、という気の遠くなるような作業。

時たま、ウィキペディアが思わぬ役に立つこともある。ウィキペディアは、決して全幅の信頼を置いて使ってはいけないツールだが、一つの項目に各国語へのリンクがあるのは、非常にありがたい。これのおかげで、上記のまどろっこしいプロセスが一気に軽減される。もちろん、最後にはきちんと各々を確認しなくてはならないが、まずはその「入口」にたどり着くのが至難の業なので、そこを今はやすやすと飛び越えられるのは、なんともありがたい。しかし決して体系的にまとめられたツールではなく、不完全な項目もかなりあるのが、仇になることもある。こうなると一気に袋小路だ。
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________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________

これはお金をもらっている翻訳でも同じことで、技術系、工業系の場合、どちらも日常使わない言葉を使用していて、その中で各々の世界が完結してしまっており、ましてそういう情報源の場合、外国語との接点なんてないに等しいので、双方の実例をそれぞれ見ながら、該当するものを双方の中で探り出していかないといけない。

米原真理氏も著書で述べておられたが、英日の通訳者が、なまじっか辞書・事典・情報データバンクが整っているために、たいていの場合単なる言葉の置き換えだけで済んでしまうのに対し、それ以外の言語の通訳者の場合は、上に述べたような作業、つまり実際にそれぞれの言語での説明書や図面と格闘することでしか訳語を特定することができないので、結果的に対象となる分野なり商品なりを「勉強」することになる。

そのため、英日通訳者が訳語を口にすることはできても「内容を真に理解はしていない」ということが、
実際に起こるのだそうだ。言葉を置き換えることはできても、機能や役割などはわからないのである。

(米原真理 (2007)「ガセネッタ・シモネッタ」文春文庫 11版 pp. 152-156)

自分の場合、もし取り上げていたのがアメリカかイギリスの伝統建築で、英語の説明を頼りにしていたのだったら、おそらくそのまま字面通り訳して、はいおしまい!だっただろう。建築工法や装飾を具体的に理解するところまではいっていないはずだ。

まずなんとか訳語を特定できても、それが写真と照合してもどこのことやら、まるでわからない。こんなに気持ちの悪いことはない。あちこち見比べて、写真を拡大したりして、でも分からない時には本当に分からない。まるで見当がつかないので、これはひょっとして外からは見えない内部のことを言っているのかしらん?とも思ったりした。(結果的にそれは間違いで、どの説明もすべて外から見てちゃんとわかるものでした)

________初秋のヴェッツラーの街並みを、ラーン川の橋より眺める________
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_______[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2007 © DFS All Rights Reserved]_______

それが、まるで時間がきてトーストがチーン!と焼けたように、ある瞬間に突然ゼロから百へと理解度が飛躍するのだから、不思議なものだ。しかも、ひとつわかると、芋づる式に、以前の記事でも保留にしていたところがわかったりもして、もうこの瞬間には、一気に使えていたものが取れた気分で、実にすがすがしい。

ここ数日このことばかり考えあぐねていて、睡眠にまで影響を及ぼしつつあったが、今はすっかり爽快な気分だ。おかげさまで、今回もこの気の遠くなるような作業を通じて、存分に勉強さしてもらいました。

そして、内容を理解できない限り、決してこなれた日本語にはできない。改めてそのことを痛感する。それでなくても、文法も発想も何もかもが異なる言語間では、ただ単にに主語述語をはじめとする構文や目的語、関係詞節や副文との関連をそのまま置き換えたのでは、まるで意味不明な表現になってしまう。

そのため、翻訳者が内容を理解した上で、その内容を今度は自分の言葉で表現しなおさないといけない。日本語がこなれていないのは、それは訳者が理解できていない証拠でもある。逆に、自分が理解したことをわかりやすく表現できたならば、それはたとえ原文から離れていたとしても、決して誤訳ではないのだ(学校の古典的な英文和訳の課題は別だが)

そういうわけで、理解度をさらに高めるべく、前回の記事を中心に、15、14、12の記事でも、部材を特定した写真を挿入し、わかりやすくしました。以前の記事もご参照いただければ幸いです。

______________秋、霧に包まれたラーン川と橋______________
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_______[Wetzlar Alte Lahnbrücke 2010 © DFS All Rights Reserved]_______
by fachwerkstrasse | 2010-11-25 23:57 | 雑感