まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑰ -

やっと書けた・・・(涙) 今回は各部材や工法の描写を特定するのに、まる一週間費やしました。
しかし分かった時の喜びもひとしお、疲れも一気に吹っ飛びました、やれやれ



b0206899_23472022.jpg


穀物広場南端を一段下ったエンゲルガッセ
(エンゼル横町)2番地の建物も実際には
穀物広場の景観のむしろメインスポットに
なっているので、ここで取り上げておこう。



こちらの3階建ての細長い家は
1607年に建てられた。


18世紀までは「太陽軒=Zur Sonne」
と呼ばれていた。


建物の所有者は、当時帝国最高裁に
勤めていたリーデゼル伯爵だった。



[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________________


リーデゼル家とは、現在のヘッセン州中部から北部にかけての貴族の家系で、最初に文献に登場するのは13世紀のこと。特に17世紀から18世紀にかけて、アドルフ・ヘルマンから、その長男で帝国最高裁で試補として勤務していたヨハン・ヴィルヘルムへと続き、さらにその息子であるカールゲオルク(1746–1819)は、法学の学位を取得し、ヴュルテンベルク大公の下で元帥ならびに侍従として仕え、1778年にヴェッツラーの帝国最高裁に移り、のちにヴュルテンベルク公国の後見裁判所の所長を務めた。


b0206899_2351836.jpg


建物の骨組みには様々な装飾が施されている。


右の写真は角の支柱の部分だが、支柱の右上に
穀物広場12番地、10番地と同様のハート形の
持ち送りがある。真ん中がハート形に刳りぬかれて
いないが、斜めの線の切れ込みは同じだ。


そこから右下に向かって、斜めに扁平な支柱をしつらえて
ある。各階ごとに、角の部分がこのように組まれている、





________________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]


そして各階ごとに、腕木が浅めに張り出している。遠目からは四角いブロック状に横に点々と並んでいる。
敷桁と枕材には、彩色され、丸く刳りぬかれた筋模様と四角い溝目模様の装飾が施されている。
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________[Wetzlar Kornmarkt 2010 © DFS All Rights Reserved]________


また特に目を引くのが、穀物広場に面した出窓部分だ。角の支柱には木の葉模様の装飾と、ひし形模様の鱗のついた結節と、渦巻き装飾に菱形の溝目模様の付いたフリーズに彩られ、さらにブドウの蔓に縁どられている。窓の下の胸壁の部分には、右側に薪架の装飾があり、外側にでっぱりがあって、内側はハート形に刳りぬかれている。そして左側には、様式化された円盤状の太陽が描かれている。
薪架については、こちらの記事を参照。
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________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]________


b0206899_2329685.jpg



さらに真ん中の脚柱には
神聖ローマ帝国の宝珠がみられる。


後にはこの帝国宝珠が建物の名前になった。


筆者の推測だが、おそらく帝国最高裁に
関係していたことで、一種の愛国心から
この宝珠を取り付けたのではないだろうか。






________________[Wetzlar Engelgasse 2 2010 © DFS All Rights Reserved]


19世紀に入ると、この建物ではビール醸造所兼居酒屋が営業していた。1981年に修復が施され
現在の赤い骨組みのまばゆい姿に生まれ変わった。1974年の写真がこちらにあります。
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________[Wetzlar Kornmarkt 2009 © DFS All Rights Reserved]________
by fachwerkstrasse | 2010-11-24 23:57 | ドイツ木組みの家街道