まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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冬時間の到来とともに「冬の旅」を想う (続き ②)

シューベルトは歌曲を本来テノールの音程で作曲している。冬の旅の沈痛な世界はバリトンでないと軽く響いてしまうという意見もあるが、やはり作曲者本人が描いていた世界はテノールの高い音程なのである。
(自分はどうも、F/ディースカウの即物的表現に共感を覚えられない。まるでロボットが歌っているようにしか聴こえないのである。ライブ録音もいくつか聴いたが、とても荒かった。)

さて、そんな冬の旅の筆頭にあげたい録音は、シュライヤーとシフの共演だ。

b0206899_06460.jpg
何が凄いって、ここでのシフの仕事はもはや「伴奏」の域を完全に超えてしまっている。あたかも「歌付きの」ピアノソナタを聴いているような気分だ。

だが、残念ながらこれを100%の決定版におせない理由は、他ならぬシュライヤーの歌唱。晩年のシュライヤーの声にはどうしても年齢を感じてしまう。

[Peter Schreier, Schiff András (WHLive0006) © Scheila Rock]___________

さらに、これはものすごく贅沢な要求だが、冬の旅といい水車小屋といい、語り手はさすらいの若者のはずなのだが、老人の声で聴くと、まるで「まぁ若気の至りじゃのぅ」と、どこか達観して物語っているように感じてしまうのだ。歌い手の生まれが早すぎたのか、伴走者の生まれるのが遅すぎたのか・・・ それはそれで、円熟の表現として貴重なものだし、この録音でも長年培ってきたシューベルトの解釈をあますところなく披露してはいるのだが、それだけにいくつか残念な個所がある。(高い声は美しく伸びているが、逆に低音が厳しい)
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___[Heidelberg-Ziegelhausen Oberer Rainweg 2009 © DFS All Rights Reserved]___

引退公演を日本で生で聞いた時には、もうそんなのをみじんも感じさせない、少ない音から紡ぎだされる巨大な空間を作り出していたが、録音だとどうしてもそういう細かい点が気になってしまう。実際、若い時の方が声も表現も素晴らしく、生き生きとして実に伸びやかなのだが、そうかといって、逆にシフの伴奏はといえば、これを一度聴いてしまうと、もうどんな伴奏も「浅く雑に」響いてしまう。何たるジレンマ!!

唯一の例外は、最近マティアス・ゲルネと共演しているエッシェンバッハくらいのものだろうか。だがそれも全体的な表現の深みであって、やはりシフほどシューベルトの少ない音符の一つ一つの意味を正確に捉え、それを過不足なく音にしているピアニストはいない。
by fachwerkstrasse | 2010-11-04 23:58 | 音楽雑感