まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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冬時間の到来とともに「冬の旅」を想う (続き ①)

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リアルタイムで旅日記をここにあげているわけではないので、たまには季節の話題でも… 


と思ったら次々といろんなことが思い浮かんで、どうしても音楽の話になってしまう、やれやれ。

とはいうものの、芸術をそれが生み出された土地で、季節を肌で感じながら享受できるのはとても幸せなことだし、むしろ理解する上では必要不可欠なことだと思うのだ。


かつては風土論に対する哲学者の風当たりも強かったが、おそらくそれは思想信条創造を紙の上にとどめておきたい学者の性ではないか。



______________[Heidelberg Schloßgarten 2009 © DFS All Rights Reserved]



しかしキリスト教(の元をたどればユダヤ教)は、ユダヤ人の過酷で壮絶極まりない運命と、砂漠という厳しい自然環境なくしてはそれまでの円環ではなく線的な(後の時代の言い方だと弁証法的な)発展の発想は生まれてこなかったと僕は思うし、ドイツのこの雲に覆われて暗い冬なくしては、観念論哲学もロマン主義もありえなかったことだろう。

雪に覆われたハイデルベルクの街並み。19世紀初頭、フォン・アーニムとブレンターノはここで民謡の収集を行って「少年の魔法の角笛」を編纂した。これがハイデルベルクでのロマン主義の口火を切ることとなる。街の中には、二人が共同作業を行った家も残っている。
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_____[Heidelberg Philosophenweg 2010 © DFS All Rights Reserved]_______

同じように、文学作品もそれが生み出された時代、土地、作者という一人の人間、これらの産物であり、それらを切り離して、あたかもテクストだけが純粋に存在しているかのような解釈学には、まるで人間機械論を地で行っているような感じがして違和感を禁じえない。そもそもなぜ「作者の意図に《縛られる》と」などと、思い上がった発想になるのか、一応文学理論をざっと俯瞰した今になっても、首をかしげる今日この頃だ。(こうはっきりと書くのは、それに代わる新しい理論的根拠に出会ったからなのだが、それについてはまたいずれ詳しく)ちなみに一方で、演奏家の建前としては、あくまでも「楽譜に忠実」。実際はいろいろやりたい放題やってはいても、百年前ならいざ知らず、今の時代にあっては「おれはもう作曲家の意図になんて縛られるのは真っ平御免だ」などと口にしようものなら完全に干されてしまうだろう。

話をシューベルトに戻すと、西洋の音楽史をひも解いても、およそこれに匹敵する作品は見当たらない。俗世の人間ではなく、神を聴衆としたバッハの堅牢無比な対位法の世界も、変奏技術と構築美の限りをつくして19世紀の扉を開けたベートーベンも、純粋に神という「中心」を念頭に置きながら創作ができた中世の宗教音楽も、そして逆に和声や管弦楽法が行きつくところまで行ってしまった19世紀末の音楽も、およそ「冬の旅」の世界にははるか及ばない。

(バッハが洗礼を受けた、アイゼナハの聖ゲオルク教会)
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_____[Eisenach Pfarrkirche St. Georg 2010 © DFS All Rights Reserved]______


というのは、バッハは当時の人に聴いて分かりやすい音楽を書いたのではなく、純粋に音楽として優れたもののみを目指したのであり、ベートーベンは流麗な旋律を生み出す才能はとんとなかったが、構築美と執拗なまでの主題処理の方法論は他を圧倒するし、中世から近代までは、単旋律からポリフォニーへ、そしてポリフォニーが禁止され、ルター派のコラールから再びフーガの極致へと、発展と後退があった。かくて歴史は繰り返される。また、調性を維持し続けたた20世紀の音楽を不当に低く評価してはならない。機能和声の範囲内でさらなる発展を遂げた稀有な作曲家もいたのだ、この辺今後の課題。では、シューベルトが到達した世界とは一体何なのだろう。彼は晩年になって対位法の重要性を悟って勉強しようとしたが、先に命が尽きてしまった。シューベルトと対位法… 聴いてみたかったような、ソラ恐ろしいような…。

別な言い方をすれば、シューベルトのこの連作歌曲集だけが、西洋音楽史の中で唯一、ほとんど例外的に飛びぬけてまったく別の世界へ行ってしまっているのだ。F.ディースカウが能の世界に通じる虚無感を指摘しているように、あえて比較をするならばむしろ「すべてはかりそめに過ぎぬ」あの東洋哲学の世界だ。ショーペンハウアーがインド哲学に触れていたことは知られているが、はたしてシューベルトが東洋哲学をかじっていたのかどうか、ほとんどその可能性はないと思うのだが、いずれにせよ意図してのことなのか、偶発的な芸術上の奇跡のなせる技なのか、シューベルトはこの作品でとんでもないところへ行ってしまった。その意味でも彼は孤独な人だった。音楽史の中で孤独な位置を占めているのである。それはただ単に「歌曲の王」の称号で語りつくせるものではない。
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_______[Heidelberg Alte Brücke 2010 © DFS All Rights Reserved]________
by fachwerkstrasse | 2010-11-03 23:57 | 音楽雑感