まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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ドイツ木組みの家街道 -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-⑦ -

では、この町でゲーテはどんな所に住んでいたのであろうか。

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_______[Wetzlar Kornmarkt 5-7 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

ゲーテが住んでいたのは、コルンマルクト(Kornmarkt=穀物市場)と呼ばれる広場に面した、
7番地にあたる右側の青い建物である。

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________[Wetzlar Kornmarkt 7 2009 © DFS All Rights Reserved]______

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ゲーテが間借りしていたのは、最高裁の検察官(Prokutrator)であったゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・ルードルフの家の3階の一室。隣には、ライプチヒ時代の知人ヨハン・ハインリヒ・フォン・ボルンも住んでいた。

ただし、こちらの記念プレートにもあるように、1976年に取り壊され、翌77年に建て直されたものである。よりにもよって、こんな建物をつぶすなんて・・・!!



________________[Wetzlar Kornmarkt 7 2009 © DFS All Rights Reserved]

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左のバロック様式の建物があるのは5番地。

ここの料亭「ローマ皇帝軒 Zum Römischen Kaiser」は、劇場とダンスホールも併設しており、この町の上流階級の社交場であった。

建てられたのは1767年で、つまりゲーテがいた頃にはひときわ目を引くモダン建築であったというわけだ。

こちらも1976年に取り壊されていて、現在の建物は、18世紀以前から残る地下部分を除き、建て替えられたものである。痛恨の極みだが、無粋な鉄筋コンクリートに置き変わらなかっただけ、ましか・・・


[Wetzlar Kornmarkt 5 2009 © DFS All Rights Reserved]________________

壁にかけられた、この色鮮やかな像は、マリア・テレジアの夫である神聖ローマ皇帝フランツ一世(1747-65年在位)であると言われている。しかしこれも複製、オリジナルはLottestr.8-10にあるヴェッツラー市・産業博物館に保管されている。

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________[Wetzlar Kornmarkt 5 2009 © DFS All Rights Reserved]_______

コルンマルクトは、街の中心ドーム広場から、小道を抜けて北東に抜けたところ。急斜面の坂道に広がる広場で、広場の南側は、このように階段とテラスで仕切られている。正面のテラス下部には、次にご紹介する泉の水道設備が通っていたと思われる。

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________[Wetzlar Kornmarkt 2009 © DFS All Rights Reserved]________

北に向かって斜面に沿って縦長に伸びていることもあり、あまり落ち着ける雰囲気ではない。人通りも少なく、いつも静かだ。だが当時は法廷関係者をはじめとする上流階級の住む煌びやかな一等地であったことだろう。(向かって右側がゲーテの住居とローマ皇帝軒です)

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________[Wetzlar Kornmarkt 2009 © DFS All Rights Reserved]________
by fachwerkstrasse | 2010-10-23 07:10 | ゲーテの足跡を訪ねて