まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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ドイツ木組みの家街道  -帝国高等法院の街 ヴェッツラ-④ 

1772年の5月10日に司法修習生としてゲーテはこの町にやってきた。今でも当時と季節感は変わらず、春真っ盛りで、花咲き・・・いい時だ。しかしゲーテにとって、この町での生活は快適とはいえず、彼の目はむしろ街のぐるりの自然の方に向いていた。

街の南側には、なだらかな丘陵地帯と森が広がり、そこを抜けると一面の草原地帯と畑が広がる。春になると一面菜の花が実り、まばゆいばかりだ。自分が一度ここを自転車で通った時には、遥か彼方に乗馬する人をみかけた。ゲーテもきっとこうした風景を同じように馬で駆け巡ったはずだ。 周辺一帯は現在 Naturpark Hochtaunus として自然保護地域に指定されている

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[Schützenstraße zwischen Wetzlar & Weidenhausen 2009 © DFS All Rights Reserved]

「人付き合いはあるが、本当に人と仲良くなったとは言えないね」

「ここのお偉方たちは下々に対して冷たい、まるで仲良くしたらこちらの負けとでもいわんばかりだ」

文学作品の文句と作者を単純に同一視することには慎重でなくてはならないが、おそらくこれはゲーテ自身が目にした光景であり、率直な思いだろう。ゲーテは身分を問わず人々と接した、その最たる例が、もともとはお手伝いとして雇われていた奥さんである。貴族や政治家が庶民と入籍するなど、およそ不可能な時代である。

「人間みな平等なんて言うつもりはないけれど、連中が威厳を保つためにシモジモと距離を取らなくてはならないと考えているとしたら、そんなの敵前逃亡するような臆病者と一緒さ」

(真ん中の赤い建物が、かつての神聖ローマ帝国最高裁)
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_____[Reichskammergericht in Wetzlar 2010 © DFS All Rights Reserved]_____


大都会のライプチヒストラスブールバロック宮殿マンハイムダルムシュタットを見てきた後だ。しかも生まれ育ちは活気あふれる帝国自由都市フランクフルト。それに比べてここは街そのものは小さいくせに、最高裁判所なんぞあるものだから、その狭い中に上流階級だけはきちんと幅をきかせて、社交界のしがらみでがんじがらめになっている。正直「しまった・・」と思ったことだろう。

今でこそ我々は古き良き街並みを見て感激するものだが、そもそもゲーテはあまり街並みなどに関心を示していないことの方が多い。もっぱら自然の観察者なのだ。テューリンゲンの森のスケッチはたくさん残されていて、今でも目にすることができる。
by fachwerkstrasse | 2010-10-19 22:20 | ゲーテの足跡を訪ねて