まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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伝統へのまなざし

前回に京町屋を取り上げたが、伝統家屋に着目しなければならないと考えたきっかけは、
むしろ日本だった。

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______[長野、善光寺 本堂(国宝) 2004 © DFS All Rights Reserved]______

ヨーロッパの教会は石造りで、真夏でも内部に入るととても涼しい。機密性と断熱性に優れているために、夜間の冷えた空気がそのまま日中も残っているのだ。教会だけではなく、百年以上の古い建物でも同様である(うっかり窓を開けて喚起すると、昨今の異常気象の熱波が室内に入り込んでしまう)

同じことが日本の伝統建築でも起こっていたのには驚かされた。真夏に善光寺や西本願寺にお参りした時のこと。外はうだるような暑さなのだが、中に入るとひんやりとしていて、実に気持ちいい。日本ならではの湿気もどこかへ消えてしまっている。

外には縁側があり、床も地面から持ち上がっていることで、通気性がとてもよくなっているのだろう。この異常気象の中でも、境内に入ると風通しが良くてとても涼しい。日本は温暖湿潤気候であるにも関わらず、鉄筋コンクリートで空間を密閉してしまうから、風通しも悪くなって冷房が必要になってしまうのだ。そして外は排出熱が放出されさらに過熱される…。

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__[京都、西本願寺 阿弥陀堂(本堂)(重要文化財) 2004 © DFS All Rights Reserved]__

また衣類に関しても、例えば浴衣にしろ平安時代の貴族の衣服にしても、夏では風通しをよくして涼しくなるように考えられているのである。わざわざネクタイで首を絞めて、何枚も重ね着して体を蒸し上げる必要などないのである。ハワイや沖縄の正装を見るがいい。

伝統的な家屋や衣装というものはその外見以上に、構造に関してもそれぞれの土地や気候に合わせた合理的な作りとなっているのである。20世紀に入って、それらを無視して、あたかも欧米で発達した「現代」が普遍的な価値基準であるかのごとく(もちろん、それらを無批判に受け入れてしまった方にも責任の一旦はある)町と言う町に鉄筋コンクリートを広め、猫も杓子も西洋式のスーツを纏うようにてしまった。

その結果、例えば温暖湿潤なアジアの場合は部屋の中にも都市の内部でも空気が滞留してしまい、内部の空調設備が必要となり、結果としてさらに気温が上昇するという悪循環の繰り返しである。所謂ヒートアイランド現象:東京の場合、汐留に作られた高層ビル群が海風を完全に遮断してしまい都内の気温上昇はますます加速している。

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_________[東京、西新宿 2009 © DFS All Rights Reserved]__________

また自分が現代建築や都市計画に一番嫌悪感を催すのが「国や地域ごとの個性」の抹殺である。ちょうど、発展にわくカンボジアの特集が朝日新聞であったが、ベルリンでも北京でもカンボジアでも、新興都市部の建設ラッシュで観られる風景はどこも同じだ。20世紀のわずか百年の間に、世界中のいたるところで地域ごとの「個性」が消されていっている。ベルリンでも、19世紀までの様式やスタイルが壁崩壊後にどんどん取り壊され、均質的な都市計画が遂行されている。

急発展、支えは外資 変貌―プノンペン(上)
若者、流行へ一直線 変貌―プノンペン(下)

こうした点の怖いところは、一度壊したものは二度と戻らない、ということだ。建物にしろ、風俗やメンタリティにせよ。もちろん時代ごとの変化はずっとあったのではあるが、20世紀以降の変化のスピードと破壊力は前代未聞のものだ。
by fachwerkstrasse | 2010-10-17 01:03 | 京町屋