まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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なぜ「木組み街道?」 - (14) - 街並みの意味するところ -

我々が、こうした負の歴史もきちんと消化した上で、素直にドイツ文化と向き合えるようになるには、あと数百年かかるかもしれないし、ギリシア文明が近世ヨーロッパで「再発見」されたような「ルネサンス(文芸復興)」を待たなくてはならないのかもしれない。ドイツ人であろうとなかろうと、ドイツに住み、ドイツの言葉を学び、ドイツの文化を学び、ましてそこに自らの理想郷を見出そうとする者は、常にこの歴史と対峙してゆかなくてはならない。すなわち、内面性をキーワードに未曾有の深遠さを誇った文化は、外界の現実にはあまりにも疎く、無防備だったのである。

1794年にイエナに移ってきたフィヒテの住居だった建物。
現在は
ロマンティカーハウスとして、ドイツ観念論やロマン主義のかつての現場として博物館となっている。
b0206899_10265240.jpg

______[Das Romantikerhaus in Jena 2006 © DFS All Rights Reserved]______

だが、それらの文化的遺産そのものの価値は何ら減ずるところがない。それは特に戦後の現代思想がドイツ哲学を出発点として、さらに継承・発展させていったことからもわかる。またユダヤ人であるバレンボイムがイスラエルでワーグナーを演奏した事件もその参考となろう。歴史的な経緯や結末を正しく知ることはもちろん重要だ。だが、ワーグナーが反ユダヤ主義的な発言をしていたからと言って、その音楽を否定するのは間違っているし、ショーペンハウアーが老婆を階段から突き落としたからと言って、彼が倫理について発言している内容に影響を及ぼすものではないのである。(もっとも、純粋に音楽学的な議論の中で、ワーグナーの問題点を議論するのは、これはまた別の話)

ところで、ドイツの都市破壊に関して、数学者の藤原正彦が週刊新潮の連載(※)で「ハーグ条約違反だ!負けたからといって、ドイツはおとなしくてちゃいかん!」という趣旨のことを書いていたが、この人はまるで歴史を理解していない。鉄筋コンクリートだらけのフランクフルトの街並みを見て、連合軍の戦争犯罪をとがめるのなら、その前にコヴェントリーにいって、破壊された教会を見るべきである。それでも、英国空軍を咎めることができるだろうか。

(※)藤原正彦の「管見妄語」週間新潮5月7・14日特大号


_____________Coventry Cathedral ruins.jpg____________

歴史と対峙する以上は、いつかはこれらの「ドイツによって破壊された」現場をもこの目で確かめなくてはならない。また、ポーランド古き街並みを完全に再現することに成功したが、これの意味するところは、ドイツとは当然のことながら異なる。侵略者に破壊しつくされた自分達の誇り高き街を、どうやって復興したのか、そしてそれが今我々の目にどのように映るのか、これを確かめるのも今後の課題の一つだ。

__________ワルシャワのマーケットプレイス(市場広場)____________

by fachwerkstrasse | 2010-10-02 10:51 | なぜ木組み街道?