まだまだ知られざるドイツの歴史探訪の旅。偉大な芸術がうみだされた現場や歴史の舞台となった場所を訪ね歩くことで、紙の上に留まらない活きた文化を醸成してゆく地道な旅の記録です


by fachwerkstrasse

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© 2010-2011 M.UNO

2005年よりドイツ在住
NRW→Thüringen→Hessen
と放浪の旅を経て、現在は
ドイツ・ハイデルベルク大学 
会議通訳修士課程 在籍中

日本独文学会幽霊会員
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/
研究会幽霊会員


[翻訳] 

ヘルマン・ヘッセ:インドから
(ヘルマン・ヘッセ全集第7巻)
臨川書店(京都)

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なぜ「木組み街道?」 (11) - まなぶ = まねぶ -

日本人の学び方はひたすら受身だという。確かにそうだ。自分の意見や感情を封じ込めるように教育され、社会でもそれが求められる。一方でアメリカの教育の基本は「自分の知らないことについて、きちんと知識を得るまで意見を述べてはだめ」というのの対極にあるらしい。これまでの自分の経験や見聞きしたことからも、ドイツの学校でも、生徒がどんどん自分の意見を言いながら授業が進んで行く。教科書の内容をすべて消化し、丸暗記することは試験でも求められない。与えられた情報や資料に対して、いかに自分の意見や解釈を論理的に表現できるかが問われる。

それはもちろん重要なことだ。日本人が参考にすべき点は大いにある。けど、僕は日本の文化の独自性やら、日本はとにかく外国に学ぶべきだ、といった紋切り型の観点を、ここでは拒否したい。そういったこととは別に、声を大にして言いたいことがある。

個々のちっぽけな人間が、どれほどのことを自分だけで考えられるというのか。思いつきで意見を述べたり、予備知識もないまま、勝手な想像でなにかを解釈することに、どれほどの意味があるというのか。3人寄れば文殊の知恵というが、浅薄な知識の人間が3人そろっても、さらに頓珍漢な方向に進んで行くだけだ。正しい知識と認識を得るためには、まず正しい方向付け(Orientierung)が必要なのである。

文字として確実に残っているものだけでも、人類には3000年近い英知の蓄積がある。そして、とりわけここ数百年の間に、ドイツ語圏の文化が生み出した豊饒な世界は実に巨大なものだ。特に、人間の内面とこれほど深く厳しく、徹底的に対峙した文化は、他にない。そして、彼らもまた、それ以前に継承されてきたものに敬意を表しながら、それを批判的に継承し発展させていったわけだ。

(イエナのプラネタリウム近くにある、ゲーテ記念碑。1821年にザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公妃のマリア・パヴロヴナによって建立されたもの。数あるゲーテ記念碑の中でも最古のものだ。意訳すれば「しっかり考え、よく学べば、人生はもっとも深い内面性を獲得する」。
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[Goethe-Denkmal in Jena 2006 © DFS All Rights Reserved]

あえていおう。人として意見を述べたり、生産的な活動をしようと思ったら、知識と体験を獲得しなくてはならない、きちんと知識を得るまでは意見を述べてはだめだ。ブルックナーは、36歳で作曲の修行を終えるまで、実に6年間、師から自由な創作を禁じられた。そこまでの努力と、一種の「封じ込め」を経て、人間は真に個性的な創造に達するのである。別の例を挙げるなら、ドイツの学校の歴史の授業のように、特定のテーマについて資料を扱い、論じさせるやり方も、もちろん批判的な思考を養成する上では有用ではあると思うが、歴史を学ぶということに関していえば、日本のような知識偏重詰め込み型の方が正しいだろう。日本語で「学ぶ」ということばは「まねぶ=真似る」からきている。

ただしこのゲーテの格言、時代がかっている上にゲーテ独特の表現なため、今のドイツ人が読んでも「??」らしい(この写真を撮った時一緒にいたドイツ人(ドイツ語の先生など、教養のある方々です)は、みんな「まったく意味がわからない」と首をかしげてました…。この言葉は建立者であるロシア皇帝の娘とその子供たちに与えられたもので、直訳すると「優美に考え甘く覚えてゆけば」という、上流階級らしい貴族的な(?)表現なため、現代の視点から見ると、意味不明な文面になってしまいます。詩なので押韻の都合上ということもあるでしょうし…
by fachwerkstrasse | 2010-09-27 23:56 | なぜ木組み街道?